日本の兵庫県西宮市にある、阪神甲子園球場の湯山佐世子球場長代理と、海外事業担当の高本穂乃花さんが20日、台湾中南部・嘉義市にある国立嘉義大学を訪問し、嘉義大学の野球に関する学校の歴史や文物に対する理解を深めました。湯山球場長代理は、台湾と日本の野球の交流を通じて双方の野球分野における友好関係をさらに深めていきたいと期待を寄せました。
嘉義大学の前身は日本統治時代の1919年4月に創設された「台湾総督府嘉義農林学校」と、戦後の1957年に創設された「台湾省立嘉義師範学校」です。
「台湾総督府嘉義農林学校」は、台湾初の農林学校です。後に制度改革により、校名が何回も改められ、1997年に「国立嘉義技術学院」に改名されました。
一方、「台湾省立嘉義師範学校」は、1957年に嘉義市林森小学校の跡地に創設され、制度改革により1991年に中央政府の管轄下になり、校名も「国立嘉義師範学院」に改められました。
2000年2月、教育部は、「国立嘉義技術学院」と「国立嘉義師範学院」を合併して今の国立嘉義大学を創設しました。
嘉義農林学校(略称:嘉農、KANO)の野球チームは日本人監督の近藤 兵太郎(こんどう ひょうたろう)監督指導の下、日本統治時代の1931年(昭和6年)、全国高等学校野球選手権大会の前身である「全国中等学校優勝野球大会」で準優勝を果たし、台湾の野球史にその名を残しました。
嘉農が甲子園で準優勝を果たしたストーリーを基に制作された映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」は、台湾では2014年に公開され、日本でも2015年1月24日に公開されました。
甲子園球場に隣接する甲子園歷史館は今年、開場100周年を記念して「台湾嘉義農林特別展」を開催。湯山球場長代理は、嘉義大学が当時の準優勝盾のレプリカや、大会で使用した試合球などを特別展に出品したことに感謝を伝えました。
湯山球場長代理は、映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」は、台湾と日本で大きな反響を呼び、嘉義農林の貴重な資料を多くの台湾と日本の野球ファンを引き付けているとし、野球交流を通じ、双方の野球の美しい友情を結び付けたいとの考えを示しました。
国立嘉義大学の林翰謙・学長は、嘉義大学が1931年の甲子園決勝で嘉農と戦った中京商業学校の流れをくむ愛知県にある中京大学と、2015年に学術交流協定を結び、その後、両大学の野球部で交流戦を行ったことを紹介。嘉義大野球部が将来再び甲子園でプレーし、最後まで諦めないという「嘉農精神」を伝えられればと期待を寄せました。
(編集:王淑卿)