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旭日中綬章受章の林曼麗・名誉教授への勲記・勲章伝達式が台北で挙行

  • 28 March, 2024
  • 王淑卿
旭日中綬章受章の林曼麗・名誉教授への勲記・勲章伝達式が台北で挙行
昨年11月3日、日本政府は令和5年秋の外国人叙勲受章者を発表した。そのうち、台湾から林曼麗・台北教育大学芸術・造形デザイン学部名誉教授(写真)が日台間の友好関係の増進に顕著な功績があったとして旭日中綬章を受章された。(写真:日本台湾交流協会FBより)

昨年11月3日、日本政府は令和5年秋の外国人叙勲受章者を発表しました。そのうち、台湾から林曼麗・台北教育大学芸術・造形デザイン学部名誉教授が日台間の友好関係の増進に顕著な功績があったとして旭日中綬章を受章されました。

林曼麗・教授に対する勲記、および勲章の伝達式はきょう28日午前11時半から台北市内のホテルで行われました。

(写真:Rti)

日本の対台湾窓口機関、公益財団法人日本台湾交流協会は、公式サイトで林曼麗・教授の功労概要として、『日本・台湾間の学術交流及び相互理解の促進に寄与』と書き、『日台美術交流の第一人者として、台北教育大学芸術・造形デザイン学部で教鞭を執ると同時に、故宮博物院院長、台北市立美術館館長等の要職を歴任、現台北教育大学北師美術館総合プロデューサー。長年にわたり、日台間の文化・学術交流及び相互理解の増進に寄与した。』と紹介しています。

日本台湾交流協会台北事務所の片山和之代表(駐台大使)はあいさつの中で、『林先生の長年に亘る日台間の文化・学術交流及び相互理解の促進への寄与に対する、多大なる御功績を称え、授与されたものです』と説明すると共に、時系列で実際の例を挙げて林教授が日台間の文化と学術交流に尽くした貢献を称えました。

(写真:Rti)

林曼麗・教授は、あいさつの中で、まず受章について日本政府に感謝すると共に、これは自分、および自分とともに頑張ってきたパートナーたちにとって大きな励みになると喜びました。

林・教授はまた、1978年から1988年、日本を留学していた期間はちょうどジャパン・アズ・ナンバーワンの時代だった。私にとってもかけがえのない黄金の10年だった。日本経済が飛躍的に成長を遂げたその時期、私は全世界で最もレベルの高く最も内容の豊富な文化芸術活動に接し、刺激を受けたと同時に、日本で最高の学術の殿堂である東京大学のキャンパスで数多くの志を同じくするパートナーと知り合い、東京大学で最も厳しいといわれる教授、すなわち私の指導教官にも出会った。先生のご指導のおかげで私は東京大学で教育学の博士号を取得したほか、博士論文も東京大学出版会の審査に合格して出版されることになり、学術界における地位を確立した。しかし、このプロセスの中で最も重要で、かつ意外な収穫は多忙で挑戦に満ちていた10年の間、私が結婚して子どもを二人産んだことだったと振り返り、会場から拍手と歓声が沸き起こりました。

林・教授は、人生で一番重要な人にも触れました。一人目は母。母は家庭の世話をしながらも自分の理想への追求を諦めない女性だった。全力を挙げてサポートしてくれる母がいなければ、私は日本留学を実現することができないだろう。二人目は私の指導教官。指導教官の妥協せず、厳しい要求がなければ、私は東京大学の博士号を取得することもないだろう。三人目は主人の林宗徳医師。主人の包容力と尊重がなければ、家庭と理想の追求を両立させることができないだろう。この三人はもうそばにいないが、常に感謝していると、涙ぐみながら語りました。

林・教授は、日本との出会いについて、日本にいた10年間、大きな力をもらった。当時、留学はすなわち移民というブームが起きていた。しかし、私は学位をとると、直ちに台湾に帰ってきて、今の国立台北教育大学で教鞭をとった。この学校は1895年に創設され、日本統治時代における初の高等教育機関だった。植民地時代のエリートの教育という重責を背負っていた。台湾の近代文化の発展の源であって台湾の近代美術史のゆりかごでもある。この学校での教職は台湾に帰ってきた私のために40年に及ぶ専門分野の道を開いてくれて日本との末永い縁も結んでくれたと感謝しました。

林・教授は台湾に帰ってきて40年近く、仕事の関係で世界の多くの国々を歴訪した。多くの文化交流も行ってきた。しかし、私個人の歴史にしても専門分野からいっても日本は依然として最も特殊な存在だ。これまで、日本の先生と同級生、および友人に対する関心は時間と空間の隔たりの影響で薄れることなく、かえってますます高まっている。絶え間なく広がり、つながった結果、より新しい、より広いネットワークを構築することができたのだ。人と人との信頼関係によってさらにスムーズに学術、芸術、文化などの各分野を横断する台日交流計画を進めることができるようになっていると紹介しました。

(写真:日本台湾交流協会のFBより)

林・教授は、しかし、本日私がここで最も伝えたいことは、心からの感謝の気持ちだ。文化交流は一人だけで成し遂げたものではなく、いかなる成果も評価も政府から機関、民間企業、多くの人たちが共に努力した結果だ。陳水扁・元総統に感謝している。台北市長の時代から総統になった後も、いずれも私を最大限でサポートしてくれて信頼してくれた。文化部長だった鄭麗君氏、李永得氏、現職の史哲・部長にも感謝している。彼らの全力を挙げるサポートがなければ、私は多くの重要な文化交流計画を推進することができないだろう。私と一緒に仕事しているすべてのパートナーにも感謝している。あなたたちの情熱と努力がなければ、我々の夢を実現することもできないだろう。民間企業のすべての友人にも感謝している。あなた方は私にとって最強の後ろ盾。あなた方の支持があってこそ、芸術と文化のこの道を歩むとき、常に希望と幸せに満ちている。皆様がいてこそ、私はさらに勇気をもって引き続き理想と夢を追求することができる。そしてわざわざ金沢からお越しになった中川先生にも心から感謝申し上げます。ありがとうございますと、これまでお世話になった方々への感謝の言葉を述べました。

片山代表の挨拶全文はこちら

https://www.koryu.or.jp/news/?itemid=3790&dispmid=5287&fbclid=IwAR2_Ocx2FH9iWzBrAch6lJHHLn4gRc9nihLRKx2bL2021QjLXRIyjWe10E8_aem_AX-bIYR-UE1Bqxvcqs54oNFNjDTplP7MY9gEkMPba--NOGKc_VVEACnaHfMyQnIwyQE5bna5NTOs-We5alnSoL6Q

(編集:王淑卿)

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