4月初旬、残念なニュースが入ってきました。名古屋めしを代表する一品、台湾ラーメンを生んだ、愛知県名古屋市の中華料理店「味仙」の創業者、同社会長であった台湾華僑の郭明優さんが3月29日にお亡くなりなりました。82歳でした。
今ではご存知の方も多いと思いますが、実は「台湾ラーメン」、同じような食べ物は台湾にありません。ただ、現在日本では東海地区を中心に「台湾ラーメン」は各地で食べられるだけでなく、「台湾ラーメン」をアレンジした「台湾まぜそば」がうまれ、さらには、辛い味のミンチ肉、ニラなどが載ったものに「台湾」という名前がついているケースもよくみられますよね。
「台湾ラーメン」誕生の経緯につきましては、ジャーナリストの野嶋剛さんが、「台湾にない台湾ラーメン」の誕生秘話というとても詳しい記事をかかれていますので、こちらを読んで頂いたいと思いますが、簡単にご紹介しますと、郭明優さんが台北のお店で食べた、南部・台南の麺料理、「担仔麺」、標準中国語読みではダンザイミエン、中華民国台湾最大の方言、台湾語読みでは「ターアーミー」という、小ぶりのお椀にはいった汁入りの麺料理をアレンジしたものです。
郭さんのインタビューによりますと、味仙本店のある愛知県今池には、当時、韓国の人も多く住んでいたので、彼らに好まれるだろうと思って味を辛くしたそうです。
そして、その後、激辛ブームもあり定着、「味仙」は郭さんの5人の兄弟が各地に出店、東京にもお店があります。異国で生きる台湾人の知恵で、台湾料理が独自にアレンジされた「台湾ラーメン」が、今や名古屋を代表するグルメとなったわけです。生みの親、郭さんはお亡くなりましたが、今後もその味は生き続けていくことでしょう。
「台湾ラーメン」発展の歴史について
郭明優さんは、お父さんが中部・台中の生まれで、御本人は、日本により台湾が統治されていた1940年、日本の兵庫県で生まれていますが、台湾生まれで日本にわたってきた台湾華僑や、その子孫が創業した食品メーカーや外食チェーンは少なくありません。
最も有名なのは、なんといっても日清食品でしょう。日清食品の創業者、安藤百福さんは、台湾の中南部、現在の嘉義県の出身、もともとの名字は呉さんでした。「誰が即席麺の発明者か」については、諸説ありますが、台湾では同じく台湾出身の留学生、張國文さんが、台湾では非常にポピュラーで、台湾留学生に愛されていた細い麺の乾麺「雞絲麵」をもっと簡単に食べられないかと試行錯誤し、お湯をかける即席麺をまず商品化、安藤さんは、この張さんから製造法の特許を買い、さらに研究を重ねて、「チキンラーメン」を生んだと言われています。「チキンラーメン」そして「カップヌードル」の開発により、インスタントラーメン、即席麺が国民食となったことはいうまでもありません。
また、すでに日本語となっている台湾語の一つに、米でつくった麺ビーフンがあります。ビーフンは漢字では米、粉と書き、標準中国語では米粉と読みます、ビーフンという呼び名は台湾語なんです。そして、日本を代表するビーフンメーカーといいますと、「ケンミンの焼きビーフン」でおなじみ「ケンミン食品」ではないでしょうか。
こちらのケンミン食品も、台湾出身でのちに日本に帰化した高村建民さんが、1950年に神戸で創業したメーカーです。同社のホームページによると、戦後、日本に引き上げられた方から、現地で食べたビーフンを日本でも食べたいという声を受けて製造をスタートしたそうです。そして、70数年にわたって、日本の消費者に様々な商品を届けてきたケンミン食品では、消費者の声をもとに「ケンミン汁ビーフン ~台湾屋台風~」という商品を昨年9月から発売したそうです。これはきっと建民さんも喜んでいるのではないでしょうか。
このほか、今や大阪名物、そして、関西以外の人たちも、出張時の定番みやげの一つになっている「豚まん」の551蓬莱も、台湾、嘉義出身の羅邦強さんが仲間と創業した蓬莱食堂がルーツです。ご当地グルメと言われるものに、こうした台湾をルーツとする人が生んだものがいくつもある、というのが興味深いですね。
(編集:駒田英/王淑卿)