総統府の資政(上級顧問)だった彭明敏氏が8日午前5時55分死去しました。享年98歳でした。総統府の張惇涵・報道官は8日、蔡英文・総統が彭氏の死去に哀悼の意を表するとともに、彭氏からの教えと、台湾の民主化のために生涯をささげた彭氏の貢献を常に心に留めておき、多くの世代の人は彭氏の人格と信念から啓発を受け、台湾の主権、尊厳、民主主義、自由を固く守るようになったと称えたと伝えました。
張惇涵・報道官によりますと、彭明敏氏は、法学において国際社会で崇高な学術的な地位を持っているだけでなく、台湾の民主化運動の先駆者で、終始理念を貫いた政治家でもあります。彭氏は、1964年に「台湾自救運動宣言」を発表したことで投獄され、国外への脱出を余儀なくされ、「台湾人公共事務協会」を創設しました。1996年に行われた台湾初の正副総統直接選挙に、当時の野党だった民進党の総統候補として立候補しました。2000年、台湾で初めての政権交代が行われ、彭氏は総統府の資政(上級顧問)として任命されました。生涯台湾の民主主義と自由を追求していた彭氏は、台湾の民主化のプロセスに立ち会っただけでなく、その歩みは台湾の民主化のためにも歴史を刻んだということです。
一方、首相に当たる行政院の蘇貞昌・院長も彭明敏氏の死去を受け、談話を発表し、「台湾の人々はこの偉大な人格者、奮闘者に感謝すると共に、その後を受け継いで、台湾に明るい未来をもたらし、台湾人が国際社会で安全な地位を持つよう努力すると信じる」と称えました。
なお、文化部の李永得・部長も、彭明敏氏は、台湾の言論の自由と民主化運動の先駆者だと称え、その逝去を悼みました。