History page of Radio Taiwan International (Rti)
close
Rti台湾国際放送公式アプリをインストール
開く
:::

台湾民主化の功労者、李登輝・元総統の政界人生を振り返り

  • 04 August, 2020
  • 曾輿婷
台湾民主化の功労者、李登輝・元総統の政界人生を振り返り
李登輝・元総統(前列中央)は7月30日、多臓器不全と敗血症性ショックのため97歳で死去した。(写真:CNA)

李登輝・元総統は7月30日、多臓器不全と敗血症性ショックのため97歳で死去しました。台湾の民主化における重大な役割を果たした、李・元総統の政治家としての人生を振り返りましょう。

李登輝・元総統は1971年、中国国民党に参加しました。1972年、行政院政務委員に就任することをきっかけに政界に入りました。台北市長、台湾省政府主席を歴任し、蒋経国・元総統の信頼を得て、1984年、中華民国の第7代副総統に選ばれました。1988年1月、突然死去した蒋経国・総統の後を受け継いで、第7代中華民国総統になりました。

1990年3月、国民大会の解散、国是会議の開催などを求める「野百合学生運動」が勃発しました。李登輝・元総統は学生らの意見を受け入れ、国是会議の開催を宣言し、総統の直接選挙をも提案しました。

1995年、李登輝・元総統は総統として、母校であるアメリカのコーネル大学で演説を行い、初めて「台湾にある中華民国」という国家に対する位置づけを提出しました。

その翌年、李登輝・元総統は中華民国台湾で行われる初の総統直接選挙で、54%の得票率で当選しました。在任中、李・元総統は「動員戡乱時期臨時条款」を廃止、憲法を6回改正、総統及び直轄市市長の直接選挙を実現したなど、中華民国台湾を権威主義から民主主義に導きました。

1999年、ドイツの国際放送「ドイチェ・ヴェレ」の単独インタビューで、台湾海峡両岸の関係を「特殊な国と国の関係」と譬えた「二国論」を提出したことから、台湾と中国大陸の関係が悪化しました。

しかし、2000年3月に行われた第10代中華民国総統選挙で国民党が敗北しました。当時、国民党の主席を兼務していた李登輝・総統が党首を引責辞任しました。同年の5月、任期満了ということで、李登輝・総統は、総統を退任しました。

退任後、李登輝・元総統は2001年、政党「台湾団結連盟」を声援することで、国民党から党籍をはく奪されました。2004年、李登輝・元総統は当時の陳水扁・総統と、「手をつないで台湾を守ろう」という活動で手をつなぎ、中国大陸が台湾に向けて配備したミサイルに厳重抗議しました。

2007年、日本の靖国神社を参拝したことで、台湾で論議を呼びました。政界を引退した後、李登輝・元総統は2016年、農業経済学の専門家として、台湾東部、花蓮県の農場で、台湾産の和牛「源興牛」の育成に取り組み、財団法人李登輝基金会の募金晩餐会にも出席しました。

李登輝・元総統の波乱万丈な人生は、台湾の歴史に深く影響を与え、台湾の民主化の最大の功労者だと称えられています。

(編集:曽輿婷/王淑卿)

関連のメッセージ

本分類最新more