スーツ姿に黒縁メガネをかけて、回想録の出版発表会で挨拶をしている郝柏村氏。30日午後2時47分、郝柏村・元行政院長は、敗血症に伴う多臓器不全により、台北市の三軍総合病院で死去しました。享年101歳。
郝柏村氏は1935年、陸軍士官学校を卒業、軍人として、1937年から1945年にかけた抗日戦争、1958年、中共の人民解放軍が離島・金門島を侵略しようと砲撃をし、それで引き起こした台湾海峡両岸の戦闘「八二三砲戦」など重大な戦争を経験しました。蒋介石・元総統の侍衛長、陸軍総司令、そして八年間の参謀総長を務めていました。
軍人であった郝柏村氏は、1988年に総統に就任した李登輝氏により、人生に大きな転機が訪れました。
1989年、郝柏村氏は李登輝・元総統によって国防部長に任命され、政界に入りました。1990年、李登輝・元総統は、郝柏村氏を行政院長に任命しました。軍人は政治に干渉すべきではないと、マスコミから反対の声が上がっている中、郝氏は3年間行政院長としての務めを果たしました。
1995年、郝柏村氏は、当時国民党の主席を務めた、李登輝氏とのスタンスの違いにより、国民党を離党し、林洋港・司法院長とコンビを組み、中華民国第9代正副総統選挙に出馬しました。
郝柏村氏は、「結果を問わず、ただ作戦の目標の正当性を自問するだけ」と話しました。
選挙の結果、林洋港氏と郝柏村氏のコンビは160万票を獲得し、4組の立候補者の中で第三位で落選しました。郝氏はそれから一線を退いて、選挙の時だけ活動し、長男である郝龍斌氏や、国民党の立候補者の票集めに協力しました。
政界の第一線を退いた郝柏村氏は、台湾海峡両岸を往復し、抗日戦争の経験者として、各地の戦争遺跡を訪れました。
2019年、100歳だった郝氏は、体の不調で入院、そして2020年3月30日、敗血症に伴う多臓器不全で死去しました。
郝柏村氏の長男、国民党の郝龍斌・前副主席は、「父は自分のことを、責務を果たした兵士と公務員と見て、とても素晴らしい人生を送ったと父は思った。父は私にとって、正真正銘の英雄であり、模範である」と述べました。
郝龍斌氏は、父親の101年の人生を、「生死を顧みず、人生を捧げた」と形容しました。数々の勲章を授けられた将軍である郝柏村氏は、中華民国百年間の戦争と平和と、台湾の民主化運動の発展を見届け、中華民国近代史の立会人と言われています。
(編集:曽輿婷/王淑卿)