日本の元大学学長が110年前の住所を手がかりに学校創設者のルーツに触れた。日本の杏林大学の学長を最近退任した、長澤俊彦さんは杏林大学の創設者、台湾名、曽進勇(松田進勇)氏の教育に対する貢献に感謝するため、110年前の住所を手がかりに曽進勇氏のルーツを探そうとした。
長澤さんは約3ヶ月前から、台北市にある建国高校を通じて、曽進勇氏がかつて暮らした家を探したが、手がかりはなかった。その後、台湾中南部、雲林県斗南鎮の張勝雄・鎮長にたどりつき、張・鎮長が、かつて斗南小学校に「進勇亭」という建物があり、曽進勇氏の地方教育に対する貢献をたたえるものだったと思い出したことから、曽進勇氏の息子が見つかった。
長澤さんは創設者のかつての家が見つかったことに感動、19日に来台し、20日についに曽進勇氏のかつての家で、息子の曽博豊さんと対面した。日本語が上手な曽博豊さんによると、父親の曽進勇さんは日本の東京大学医学部を卒業してから、雲林県で小学校の教師をし、その後日本に定住、1966年に杏林短期大学を立ち上げ、1970年には杏林大学医学部を作ったという。
長澤さんは、曽進勇氏はかつて台湾で教師をしていたことを聞いたことがあるとし、教育に力を尽くしたことに感服すると述べた。