台湾の自転車レースに参加するため、台湾を訪れていた日本人男性、白井寛之さんは9日、台湾東部・花蓮県のタロコ峡谷のコースを下見していた時に落石に遭い、治療の甲斐なく12日に死亡した。前額部などの深刻な頭蓋骨骨折で前頭葉が圧迫されていた他、脳幹も出血していた。父親と婚約者は16日、遺骨を日本に持ち帰った。
白井さんが入院していた花蓮県慈済病院の自転車サークルは地元の「車友(自転車愛好家)」たちに、花蓮県における白井さんの最期を見送ろうと声をかけた。すると、この日の朝から地元の自転車愛好家100人近くが自転車のウェアを着込んで病院に集まり、白井さんの父親たちが花蓮駅へと向かうのに伴走、白井寛之さんの最期を見送った。慈済病院の自転車サークルでは、息子を亡くした父親の悲しみを癒すと共に、自分たちが最期を見送ることで台湾の愛とやさしさを日本に持ち帰ってほしいと、活動を発起した目的を説明した。
白井さんの父親は病院の玄関に集まった愛好家たちに、何度もお辞儀をして感謝。地元の人たちに世話を焼かせることになってしまい申し訳ないと話し、台湾の全ての自転車愛好家に感謝した。また、博之さんのカメラにはタロコや七星潭の美しい風景が数多く写っていたとのことで、博之さんをふるさとの静岡につれて帰り、将来必ずまた台湾に来て、美しい花蓮を訪ねたいと述べた。
白井さんの父親が慈済病院のスタッフと自転車愛好家たちに宛てた感謝の書状では、「慈済病院が懸命に治療してくれたおかげで、まだ生きている息子と再会でき、最期までそばで励ますことができました。悲しい出来事でしたが、息子にとっては大好きな台湾で一番好きだった自転車に乗っていて起きた事故でした。夢をかなえた中での事故だったと思います。事故が起きてから台湾の大勢の人たちが全面的にサポートしてくれたおかげで私たちは安心し、自信を持って関連の作業を進めることができました。寛之を日本に連れ帰ってから、私も寛之の愛した台湾のこと、そして今回助けてくれた多くの人々のことを思い出すことでしょう。台湾の自転車スポーツがいっそう発展するようお祈りします。寛之も天国から常に台湾を応援していると思います。いつの日か、またお会いできますように。心から、ありがとうございました」と記している。
白井寛之さんは10日にタロコで行われる自転車大会に参加する予定で、前日にコースの下見をしていたところ落石に見舞われた。大会の主催者はこれを受け、10日早朝6時に大会を急遽中止した。