慰安婦メモリアルデーの14日、4月に亡くなった元慰安婦、陳蓮花さんの孫が台湾メディアのインタビューに答えた。
毎年8月14日は国際慰安婦メモリアルデーとなっている。今年4月に92歳で亡くなった旧日本軍の慰安婦、陳蓮花さんの孫、許泰源さんが14日、台湾メディアのインタビューを受けた。
おばあちゃんを意味する「アマー」をつけ、「蓮花アマー」と呼ばれた陳蓮花さんは1924年、北部、現在の新北市汐止区に生まれた。若くして工場に勤務し、19歳の時、日本人から「看護婦」の名義で、半ば騙される形でフィリピンに連れて行かれ、日本軍の慰安婦となった。陳さんは2年近くフィリピンに滞在したが、その恐怖の記憶は一生拭い去ることはできなかった。陳さんと共にフィリピンに向かった20名あまりの台湾の女性のうち、無事、生きて帰ってこられたのは、陳さん含め2人だけだった。台湾に戻ってから、フィリピンで知り合った元日本軍の台湾の男性と結婚、家庭を支えた。
許泰源さんは、陳さんはかつて、自分の過去の慰安婦としての身分が公表されることを憂慮し、世の中からの目線のみならず、そのことで家族からも嫌われてしまうことを恐れていたと述べ、家族は決してそのようなことはなかったと強調した。
許さんはそして、「アマーが立ち上がり、自身の経歴を語るようになったのは、一瞬の気持ちの変化ではない。婦女救援基金会がアマーに関心を持ち続け、信頼感を築き上げたことによるものだ」と指摘した。
陳さんは、心待ちにしていた日本政府からの謝罪、賠償を得られなかった。許さんはこのことについて、「蓮花アマーは、誰かを恨めしく思っていたのではなく、自分の運命を恨めしく思っていた」と説明、アマーは、過ちを犯した人は謝るべきだという単純な思いから、日本政府からこの点についての謝罪を待っていた、と述べた。