婦女救援基金会は21日、旧日本軍の慰安婦とされる台湾の女性3人のうちの一人、陳蓮花さんが20日の夜、腸管破裂による感染症のため亡くなったと発表した。92歳だった。
婦女救援基金会では、人々が陳蓮花さんにお別れのメッセージを伝えられるよう、22日から台北市内の「アマーの家-和平と女性人権館」に、陳さんを追悼する記念コーナーを設けることを明らかにした。
「蓮花アマー(アマーはおばあちゃんの意)」と呼ばれた陳蓮花さんは、1924年、現在の新北市汐止区に生まれた。若くして工場に勤務し、19歳の時、日本人から「看護婦」の名義で、半ば騙される形でフィリピンに連れて行かれ、日本軍の慰安婦となった。
陳蓮花さんは2年近くフィリピンに滞在したが、その恐怖の記憶は一生拭い去ることはできなかった。陳さんと共にフィリピンに向かった20名あまりの台湾の女性のうち無事、生きて帰ってこられたのは、陳さん含め2人だけだった。台湾に戻ってから、フィリピンで知り合った元日本軍の台湾の男性と結婚、家庭を支えた。
婦女救援基金会によると、陳さんは関連イベントに度々出席したが、その深い悲しみを感じさせず、逆に苦難を乗り越えてきた強さや、楽観的な姿が印象的だったという。しかし、そんな陳さんはかつて、海外のメディアに対し「自分はもう高齢だ。ようやく日本政府からの賠償を得られると喜ぶ時、我々は皆、もうこの世にはいないかもしれない」と目をうるませながら語ったという。
陳さんは、心待ちにしていた日本政府からの謝罪、賠償を得られず亡くなった。陳さんの死去により、台湾の元慰安婦は、東部・花蓮県に住む原住民族の2人のみとなった。