「台湾のセルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Rachmaninoff)」と仰がれてきた台湾の著名な作曲家、蕭泰然氏がアメリカ時間24日、ロサンゼルスで死去、享年77歳だった。
1938年、台湾南部の高雄市で生まれた蕭泰然氏は、1963年、中華民国の国立師範大学を卒業、1965年、日本の武蔵野音楽大学に留学、ピアノと作曲を学んだ。1975年、北部・台北市の中山堂で、初めて「蕭泰然音楽展」を開催した。
1977年、妻が事業に失敗したため、台湾を離れてアメリカに移住、1986年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の修士課程に入学、1987年に修了した。
蕭泰然氏はアメリカに移住後、その創作内容のため、当時、戒厳令下におかれた政府にブラックリストに入れられた。しかし1993年、台湾の歴史の立会人という使命感に駆られ、交響詩「1947序曲」の創作に着手、しかし過労による心臓発作で倒れ、10数時間の手術を経てようやく一命を取り留めた。「1947序曲」は、その後、蕭氏の固い意志により1994年に完成した。
蕭泰然氏は1995年から台湾に定住、「台湾魂(たましい)」、「傷痕の歌」、「玉山を称える」、「ああ、フォルモサ-犠牲者の鎮魂曲」などの大作を手がけ、国家文芸賞、行政院文化賞、金曲奨などの重要な賞を獲得した。その後、2012年に肺がんと診断されて以来、近年は闘病生活を続けていた。
文化部は、蕭氏の台湾の音楽に対する貢献を表彰するため、国立台湾交響楽団の企画で記念音楽会を催す予定だという。