日本占領時代の1931年に日本の甲子園大会で準優勝した、嘉義農林学校野球部を率いた日本人監督、近藤兵太郎氏の記念碑が、近藤氏の故郷である日本の愛媛県松山市で作られ、台湾中南部・嘉義市の黄敏恵・市長が6日の除幕式に出席した。
この歴史は今年、台湾映画『KANO』となって大ヒット、日本では『KANO 1931海の向こうの甲子園』というタイトルで、来年1月に公開されることになっている。
嘉義市によると、映画『KANO』が今年2月22日に、嘉義市でプレミア上映会と、当時の凱旋パレードを模したイベントを行った際、日本の松山市からも関係者が参加した。『KANO』の日本での公開が縁結びとなり、今回、嘉義市の黄・市長は招きに応じて訪日、愛媛県の中村時広知事、松山市の野志克仁市長らと共に除幕式に出席した。除幕式には、近藤氏の親族の他、映画で近藤氏を演じた日本の永瀬正敏さん、並びに出演した台湾の俳優たちもかけつけた。
黄・嘉義市長は、松山市は優れた野球選手を数多く輩出している「野球王国」だと称えると共に、映画のセリフを引用して、変化の激しい今の時代、必要なのは「勝つことばかり考えず、負けないことを考える」ことだと話した。
黄・嘉義市長はそして、近藤監督が率いたのは台湾の原住民族、漢民族、そして日本人による混成チームであり、彼らは団結していたばかりでなく、気持ちも兄弟のようだったと説明、台湾と日本はこうした精神を学び、スポーツ、芸術、文化、及び経済分野での交流を強化し、多元的な関係を発展させていくべきだと呼びかけた。