「823戦役」から56年となり、陸軍金門防衛指揮部(金防部)が23日、「頼れる戦力を整える」と強調した。1958年8月23日夕方、中共は340門の各種大砲で、離島・金門の島々に猛烈な砲撃を開始、中華民国国軍はたたぢに反撃し、44日間にわたる攻防が繰り広げられた。その間、中共が金門諸島に向けて撃った砲弾は47万発に達し、現地の軍事施設の多くが損傷を受けた。国軍兵士は456人が戦死、1972人が負傷。地元住民も162人死亡した。しかし、国軍の奮闘、金門の自衛団の協力、台湾のすべての人たちが団結して対抗したことで、中共は結局金門島の攻略に失敗した。台湾ではこの戦いを「823戦役」(823炮戦とも)と呼ぶ。
「823戦役」の始まった日から23日で56年となり、金防部の湯家伸・中将指揮官、金門県の李沃士・県長は金門県の太武山にある忠烈祠などで戦死した兵士たちの慰霊祭を行った。
湯家伸・指揮官は、「823戦役」での勝利は台湾本島、離島の澎湖、金門、馬祖を守り、中華民国の発展に非常に大きな意義があると強調した。その上で、湯・指揮官は、堅固な国防力と全国民で国を守るという理念に対する支持こそ、国家を安定して発展させるための安全保障のガードだとして、台湾海峡両岸関係の緊張は緩和されたとはいえ、国軍は引き続き戦力を強化し、「頼れる戦力」を整備すると述べた。