1964年、国立台湾大学政治学科教授だった元総統府資政(上級顧問)の彭明敏氏は、教え子である謝聰敏氏、魏廷朝氏と共同で「台湾自救運動宣言」を起草し、「白色テロ時代」の台湾で勇敢に民主主義と自由のために声を上げました。しかし、当時の国民党政権に逮捕され、彭氏と魏氏は懲役8年、謝氏は懲役10年の判決を受け、このことは国際社会に大きな懸念を引き起こしました。彭氏は2022年に亡くなるまで名誉回復措置を求めることはありませんでした。
その後、財団法人彭明敏基金会が彭氏に代わり法務部に名誉回復を申請。彭氏らの「台湾自救運動宣言」発表から60年を経て、法務部は先ごろ最終的に彭明敏への判決を無効とする決定を下しました。
これを受け、財団法人彭明敏基金会の羅浚晅・董事長は31日、報道陣の取材に対し「法務部が彭明敏氏に対する判決を無効とした結果は、遅れた正義ではあるが、台湾の移行期の正義にとっては重要な一歩である」。と述べました。また、この事件に関する名誉回復と移行期の正義の実現により、彭明敏氏と彼の2人の教え子が民主主義と自由のために始めた「自救運動宣言」の精神は、台湾の人々が民主主義のために努力することを励まし続けるだろうと強調しました。
判決を受けた彭明敏氏はその後、監視下に置かれていた1970年代に変装して台湾から逃亡。20年以上の海外亡命生活を経て台湾に戻ったのち、1996年には当時の野党・民進党から中華民国総統選挙に立候補しています。
法務部は先ごろ財団法人彭明敏基金会に対し、1964年の「台湾自救宣言」に関連して彭明敏氏に言い渡された刑事事件の判決を無効とする書簡を送付。判決には有期刑、公民権の剥奪及び没収などが含まれ、これらはいずれも司法に反するとして、移行期の正義条例施行日から無効とみなされるとしています。
(編集:本村大資)