台湾の対中国大陸窓口機関である、財団法人海峡交流基金会(略称:海基会)の羅文嘉・秘書長が22日、台湾のラジオ番組のインタビューを受け、「92年コンセンサス」に触れました。
羅文嘉・秘書長によりますと、1992年の「香港会談」で「一つの中国」問題について双方は合意に達さなかったものの、争議の棚上げに意見の一致を見たため、1993年の「辜振甫・汪道涵会談(略称:辜汪会談)」が実現しました。つまり、92年に行われた台湾海峡両岸の会談は事務レベルの問題を解決するためのものでした。双方は争議の棚上げという結論にたどり着きました。事務レベルの問題は政治とかかわりを持ってはいけません。92年の会談の結論は、中国大陸側の解釈ではなく、馬英九・元総統が2008年に突然発表した「両岸にはコンセンサスがある。それは『92年コンセンサスだ』」ということでもありません。馬・元総統は「92年コンセンサス」を台湾海峡両岸が会談と交流を行う際の政治的な基礎にしていますが、この基礎は実は存在していません。
羅文嘉・秘書長は、数年後の今、馬・元総統に聞きたいが、馬英九政権の8年間、両岸関係がよくなったかと。その8年間、国民党と共産党の関係がよくなったのが事実だ。でも台湾の経済がよくなったか、台湾人の生活がよくなったか。なぜ経済に言及したかというと、馬英九政権の8年間が非常に重要だ。馬・元総統は、台湾経済の唯一の突破口は中国だと思っている。そのため、ECFA(両岸経済協力枠組協議、台湾と中国大陸の実質的な自由貿易協定)を締結した。しかし、後に止められた。台北株式市場を見てみると、平均株価指数が下落したのは馬英九政権の8年間だけだった。その前と後ろの政権時代、いずれも好調を示していたと説明しました。
羅文嘉・秘書長は、インタビューの中で多くの時間を使って両岸関係の歴史を説明しました。羅・秘書長は、自分の話の根拠は、過去の歴史に関する書類と資料だと説明するとともに、台湾の資料だけでなく、対岸の政府の資料も引用していると強調、誤り、または抜けた部分があれば、みんなで補充することができる。歴史に関する客観的な資料は加工を許さないからだと述べました。
(編集:王淑卿/岩口敬子/本村大資)