History page of Radio Taiwan International (Rti)
close
Rti台湾国際放送公式アプリをインストール
開く
:::

宝島再発見 - 2022-02-12_左営「再見捌捌陸―台灣眷村文化園區」

  • 12 February, 2022

先ほど、ゴーゴー台湾の時間で南部台湾の大都市・高雄市のことを詳しく紹介されましたね。それでは、最近、話題を呼んでいるスポットをもう一ヶ所ご紹介いたしましょう、

高雄市の左営にある「再見捌捌陸―台灣眷村文化園區」です。漢字の書き方をご説明いたします。まず最初の五文字、再見捌捌陸、再び見る、手偏に別人の別と書く文字を二文字続けて書きます。最後は、陸地、上陸の陸と言う字です。

再び見るという二文字は、さようなら、さらばという意味です。手偏に別人の別と書く字を二文字続けて書いたあと、陸地、上陸の陸と書く三文字は、さようならを意味する中国語、バイバイの当て字です。日本語でもバイバイといいますね。ですから、この地名の最初の五文字は、さようならバイバイという意味です。

次の「台灣眷村文化園區」についてですが、台湾と文化園区は良くわかりますね。台湾の文化パークという意味です。しかし、台湾の後ろに出ている「眷村」を説明しなければなりません。まず、漢字の書き方です。眷村の眷は入場券の券と言う字の下の刀を取ってその代わりに目前の目、人間の目という字を書きます。村はむらです。この二文字は、台湾ならではのものと思います。台湾各地にあります。

その歴史を紹介するには、まず中国大陸の国共内戦に触れる必要があります。20世紀前半、中国では最も規模が大きくて影響も大きい内戦が勃発しました。それは、中華民国国民政府率いる国民革命軍と中国共産党率いる紅軍との間で行われた内戦でした。

内戦の結果、国民政府が台湾に移ってきました。一部の国民政府軍は、政府と共に台湾にきました。1949年から1960年代まで、中華民国政府と民間組織が中国大陸からわたってきた、国民政府軍を始め、警察官、教職員、公務員らのために建設した住宅区は、眷村といいます。眷村の数が最も多かったのは、北部・台北市と南部・高雄市です。最盛期には、台湾全域に眷村がおよそ900ヶ所もあったそうです。中国大陸各地からやってきた、いわゆる外省人は独特の文化と料理を作り上げました。

時代の移り変わりと共に、この眷村の数もだんだん少なくなり、跡地が大きなビルに改築されましたが、今や台湾の文化と歴史の中で重要な文化資産となっています。

きょう、ご紹介する、「再見捌捌陸(さようなら886)台湾眷村文化園区」は、高雄市左営区にある「明徳新村」と呼ばれる眷村の一部を利用して作られたものです。海軍の大本営である高雄市の左営には台湾全域最大の規模の海軍の眷村があります。そのうち、「明徳新村」は、最大規模の海軍の眷村だといえます。この「明徳新村」の歴史を日本統治時代に遡ることが出来ます。

(高雄市立歷史博物館解説員-顧宇彬の解説)

2万坪に及ぶ「明徳新村」には、宿舎が58建設され、すべて木造建築です。台湾の参謀総長四人、海軍の総司令7人が住んでいたことから、「海軍将軍村」というニックネームがあります。そのうち、明徳一号迎賓館はかつて多くの海軍の高官が利用していました。日本の中曽根康弘・元首相は、明徳二号迎賓館に泊まったことがあるということです。

国防部が2005年に発表した統計によりますと、台湾全域には、政府が管理している眷村は、886ヶ所あります。そのため、このパークが「再見886」に命名されました。一つは過去の眷村の歴史に敬意を表するため、二つ目は、眷村の活性化と再利用を祝福するためです。

高雄市と高雄県が合併して新たな高雄市として再出発した、高雄市は、陸海空三軍の眷村を同時に所有する都市となり、保存した眷村の面積は、90ヘクタールに達しています。

高雄市は、2022年台湾ランタンフェスティバルに合わせ、「再見捌捌陸―台灣眷村文化園區」で特別展を行っているほか、眷村を民宿としても開放しています。そこにはかつて中華民国の海軍士官たちが暮らしていました。当時の生活を窺い知る資料を展示した歴史資料館があり、来訪者は衣食住を含めた眷村生活の雰囲気を味わえるようになっています。

(高雄市立歷史博物館解説員-顧宇彬の解説)

解説員の顧宇彬さんは、「ただいまお聞きいただいているのは、海軍が使った集合するときの笛の音だった。なぜ集合するときに笛を使ったかというと、艦艇の上で笛を使うと、早く将兵に伝えられるからだ。この笛にも、いろんな種類があった。起床するときの笛、仕事が終わって解散するときの笛、もちろん、集合と食事を伝えるための笛もあった」と説明しました。

多くの眷村が廃れていく中、高雄市は2014年に「以住代護」というプロジェクトを実施、入居者を募集し、これらの入居者に眷村を守ってもらうことにしています。結局、多くの眷村に住んだ人の二代目と三代目の反響を呼びました。そのほかに、台湾人との結婚のために台湾に移住したいわゆる「新住民」、建築士、写真家、芸術家も相次いでここに住むようになりました。今、高雄市の眷村は、以前のように、国内外各地の人材が集まるところとなっています。

台湾では2017年末「民宿管理法」の法改正が行われた後、高雄市の鳳山黄埔新村と左営建業新村には眷村の文化をセールスポイントにする民宿が30ヶ所誕生し、眷村に新風を吹き込みました。

新型コロナウイルスの感染が収束し、台湾への観光旅行が再開されたら、「再見捌捌陸―台灣眷村文化園區」に一度足を運んでみてはいかがでしょうか、1940年代から1960年代の台湾の眷村の文化に関する常設展を参観できるほか、実際に民宿に泊まって眷村の雰囲気と眷村ならではのお料理も楽しめますよ。

Program Host

関連のメッセージ