台湾北部・新北市の北東部、金山エリアに「蹦火仔」という伝統的な漁法があります。
この金山エリアに伝わる夏限定の夜間に行われる漁のことです。
その伝統的な漁が受け継がれているのは、金山エリアの磺溪という川が海へと流れ出す港、磺港。
ここは、300年以上前、スペイン人が硫黄を運ぶ港としていたことからその名がついたと言われています。
また、周辺海域は魚が豊富で、100年前にはすでに漁村としてとても賑わっていたそうです。
「蹦火仔」は、この北海岸独特の地形、潮の流れ、そして魚の習性から、その100年前から伝わる伝統漁法です。
毎年、旧暦の4月から旧暦8月15日の中秋節前後(新暦でいうと5月から9月頃)にかけて、“ママカリ”とも言われる「サッパ」という魚が海流に乗って北から南に回遊してきます。その時期に、夜、火を焚いてその明かりに集まってきた「サッパ」を一網打尽にします。
元々は、台湾原住民族の一つ、セデック族が松明の明かりで魚をおびき寄せていたそうですが、日本統治時代にアセチレン技術が導入。硫黄石と水を使ってアセチレンを作り、そのアセチレンに着火させた際の「ボンッ!」という音に驚いて飛び出した魚を大きな網で捕獲します。
「蹦火船」と呼ばれるこの漁専門の船には、船の操縦士、火を焚いて魚を惹きつける重要な役目の「火長」、硫黄の管理とアセチレンを作る担当、そして捕獲担当が4~5人の、合計7~8人の船員が乗り込みます。
一般に船を出す際は、船を操縦する人が「船長」として航行を取り仕切りますが、この「蹦火仔」では、船の操縦士は船を走らせることに集中。「火長」の指示に従って、魚が集まっている場所に素早く走らせることが重要な役割です。
そして、硫黄の管理とアセチレンを作る担当者は、アセチレンの圧力がちょうどいいかをしっかり見て、加える水や圧力のタイミングのコントロールをしつつ、硫黄石の入った樽の状況にも注意を払う重要な役割を果たしています。
そして何より、この漁では「火長」がとても重要で、魚の群れを見つけ、火をつけて魚を呼び寄せ、乗組員に捕獲の指示をする…と、まさにこの漁のリーダーです。
漁船は夕方、磺港を出航。
漁場は港からそれほど離れていない場所ですが、「火長」の指示に従って魚の群れが現れる海域へと船を走らせます。
漁場に着いたら、「火長」がまずは懐中電灯で辺りを見渡し、海面に魚が跳ねているかどうかを確認します。
魚が跳ねているのを確認したら、すぐさまアセチレンに着火。
すると「ボンッ」という音と共に辺りがパッと明るくなり、その音と明かりで、元々水中にいた魚たちが驚いて水中から飛びだしてきたところに「火長」の「下落(おろせ)!」という指示が飛んだら、捕獲担当が海中に網を投げ込み捕獲します。この時も、「火長」は炎を素早く動かして、魚たちが網に向かうよう誘導します。
次々と水中から飛び出してくる魚たちはうろこが炎の明かりを反射して、水面がまるで花火のように見えて壮観です。
この漁法は、2015年に新北市の文化資産に登録されています。
また、ナショナルジオグラフィックでもその漁の様子を捉えた写真が金賞を受賞したこともあります。
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100年以上の歴史を持ち、新北市の文化資産に登録されている伝統漁法「蹦火仔」─。
現在では、この新北市金山区の磺港でしか見ることができないそうです。
しかも、この「蹦火仔」を行う専門の船「蹦火船」は、かつては50隻以上あったそうですが、今では4隻しかなく、漁師も60代、70代と高齢となっていて、この漁法を継ぐ若い人たちがいない状況で、このままでは伝統が途絶えてしまうと危惧されています。
そこで、この伝統的な漁法を保存しようと、地元の漁師たちが、「蹦火仔」についての説明を行ったり、実際に別の船に乗って「蹦火仔」を行う「蹦火船」についていき、漁の様子を見るというプランを行っています。
ただ最近は、後継者問題だけでなく、漁獲量が減っていることや、硫黄石の価格高騰、そこに更に新型コロナも重なり、漁師たちの収入が激減してしまいました。
そこで、今年は新北市も乗り出し、旅行会社と協力して、7月、8月限定で「蹦火仔」を間近で見学してもらうツアーを打ち出している他、硫黄石の購入への補助金を出したり、地元の学校に漁師を招いて、「蹦火仔」についての講演を行うなどして、伝統文化の普及と、継承する若い世代の育成に取り組んでいるところです。
100年以上に渡って続く伝統的な漁法、「蹦火仔」─。
今後も途絶えることなく、続いて行くことを願います。
Rti 台湾国際放送
Rti 台湾国際放送 
