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文化の台湾 - 2020-12-11_チャイナドレスは中華圏の“伝統衣装”ではない?

  • 11 December, 2020
文化の台湾
時代とともに変化を遂げている「チャイナドレス」。今年は新型コロナによってマスクの着用が日常となったが、屏東大学のビジュアルアート学部の教授がチャイナドレスと同じデザインのマスクをセットにしたスタイルを打ち出し注目を集めた。(写真:CNA)

台湾には、世界的にも有名な「国立故宮博物院」や「国立台湾博物館」をはじめ、「台湾歴史博物館」や「海洋科技博物館」、「自然科学博物館」、「台湾先史文化博物館」など、たくさんの博物館があります。そんな博物館や美術館を巡るのが好きという人たちにうれしい「愛台灣博物館卡(台湾ミュージアムパス)」というカードがあるのをご存じでしょうか。「愛台灣博物館卡(台湾ミュージアムパス)」は、台湾の9大博物館19のパークに何度でも無料で入ることができるほか、提携施設でもチケットの割引や優待などが受けられる、美術館や博物館好きにはうれしいカードです。もちろん、博物館・美術館巡りが好き!という人だけでなく、2つ3つの施設を訪れるだけでもお得になったりしますので、皆さんにおススメのカードなんです。

この「愛台灣博物館卡(台湾ミュージアムパス)」は発行開始から間もなく1年になるのですが、その1周年を記念して、12月19日に国立故宮博物院で初めて、夜間限定の“伝統衣装パーティ”が行われます。伝統的な衣装を着て故宮博物院を巡ったり、写真を撮ったりして楽しめるほか、台湾の有名な中国伝統楽器を使ったグループ「采風樂坊(英文:Chai Found Music Workshop)」と学生たちによるファッションショーが行われたり、さらにはリアル脱出ゲームや、無料のフォトブースなども用意されています。もちろん、普通の格好で訪れても大丈夫なのですが、故宮博物院の建物に伝統衣装を着た人たちが集まっていたら、まるでタイムスリップしたかのような不思議な気分になりそうですね。

ところで、中華圏の“伝統衣装”と聞くと“チャイナドレス”をイメージする人が多いのではないでしょうか。でも実は、“チャイナドレス”は“伝統衣装”か…というと、人によって意見が違うようです。

チャイナドレスは、清朝時代の後期、満州民族の貴族衣装に、西洋の要素が加わって生まれた衣装だとされています。そう、意外と最近誕生した衣装だったんです。

清朝時代、当初は、満州民族の女性はワンピースタイプの衣装、漢民族の女性は上下分かれたセパレートタイプの衣装だったそうです。当時は満州民族の女性は漢民族の衣装にあこがれ、漢民族の女性は満州民族の衣装にあこがれ、お互いにいいところを真似し、学び、取り入れながら服装も変化していきました。

そして1840年のアヘン戦争後、西洋の文化がどんどん流入し、チャイナドレスにも変化が現れ、現在のチャイナドレスの形が出来上がります。

そんな現代版のチャイナドレスを当時、最初に着用したとされるのが上海の女学生たち。制服として使われたそうです。チャイナドレスは着るのが簡単であることに加え、女性らしい曲線を表現できること、そして伝統社会ではタブーとされてきた腕や足などを大胆に露出することから、チャイナドレスを着た女性たちは独立した自由な新しい女性たちだとして当時の知識人たちから好意的にとらえられました。

そして清朝時代末期から中華民国が成立したころ、上海の上流階級でチャイナドレスは非常に人気となり、1920年代から中国全土で流行となりました。

当時、日本統治下にあった台湾にもチャイナドレスが伝わり、当初は台湾の文化や習慣に対する規制はあまりなく、服装に関しても放任されていたため、台北の多くの女性たちもチャイナドレスを着ていたんだそうですが、1930年代に皇民化政策が推し進められるようになると、チャイナドレスは好ましくないとされるようになり、その後、太平洋戦争が激化し、チャイナドレスは台湾の街から姿を消しました。

戦後になって、中国から台湾へと渡ってきたいわゆる外省人の上流階級の女性たちが好んでチャイナドレスを着用していたことから、台湾でチャイナドレスが再び流行となります。中でも有名なのが、蒋介石・元総統の妻、宋美齢・女史。「旗袍夫人(チャイナドレス夫人)」とも呼ばれていて、1000着以上ものチャイナドレスを持っていたと言われています。そしてチャイナドレスは外交活動の際の衣装としてもつかわれるようになり、1929年には中華民国政府が“国の礼服の一つ”と認めるまでになったのです。

一方、そのころ中国大陸では、中国共産党の統治下でチャイナドレスは徐々に衰退。そして、文化大革命終結後に再びチャイナドレスの流行がやってきます。なお、その間、香港にはチャイナドレス文化が残っていました。そのため、“チャイナドレス”と一言に言っても、台湾、香港、中国で歴史的背景が違うため、それぞれに独特の発展がみられるようです。ただ、西洋文化が入ってきたことで、1960年ごろからチャイナドレスの流行は下火になり、普段着として着られることはほとんどなくなりました。

今では、“普段着”ではなく“衣装”として、芸能人が着ていたり、結婚式で着用されたりしています。

ちなみに、台湾の大手航空会社「中華航空(チャイナエアライン)」のキャビンアテンダントの歴代の制服は、現在14代目のデザインになりますが、そのほとんどがチャイナドレスをベースにしたデザインを採用しています。

さて、”チャイナドレス”が比較的新しい衣装で“伝統衣装”でないのであれば、中華圏で“伝統衣装”と呼ばれるものはどんな衣装なのでしょうか。一般的には“漢服”を思い浮かべるようです。

この“漢服”とは、王朝時代に漢民族が代々着用していた衣装のことで、日本の和服や、琉球王国の民族衣装、そして韓国の民族衣装などにも影響を与えたとされています。

ただ“漢服”は、“漢服”=“このデザイン”というよりも、長い歴史の中で時代ごとに形態が変化していて、和服と同じように襟を“Y字”に合わせたスタイルの時もあれば、天女や七夕の織姫がまとっている衣装のようなスタイルの時もあり、生地も麻だったり、シルクだったり…とその時代によって様々です。そのため、「中華圏の伝統衣装はこれだ!」と1つのスタイルで表すことができないようです。

なお、いろいろな中国の宮廷ドラマを見てみると、その舞台となっている時代によって衣装が違うので、そこに注目するのも面白いかもしれません。

ちなみに台湾は漢民族が人口の大部分を占めていますが “漢服”はあまり馴染みがないようで、むしろ中華民国政府が“国の礼服の一つ”と認めたことのある“チャイナドレス”の方が身近なようです。また、最近では台湾のそれぞれの原住民族の衣装も大切にしようという動きもあり、台湾で“伝統衣装”とは?と聞くと、「宮廷の衣装」という意見や、「チャイナドレス」という意見、「原住民族の衣装」、中には「ない」という回答など、様々な意見が返ってきます。

ただ、今回“伝統衣装パーティ”が行われる「故宮博物院」と言えば、数千年にわたった王朝時代の宮廷の所蔵品が数多く収蔵されている場所─。そんな場所で行われる“伝統衣装パーティ”ですので、“漢服”を着て訪れる人がきっと少なくないと思いますが、“伝統衣装を着る”というよりも“コスプレ感覚”で着てその時代の雰囲気を楽しむという人の方が多いのかもしれません。

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