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ようこそT-roomへ - 2020-08-05_台湾の原住民族について

  • 05 August, 2020
ようこそT-roomへ
蔡・総統は挨拶の中で、8月1日は台湾民主のモデルチェンジ、人権の発展において非常に重要な一日だと述べ、人々はこの日を機会に台湾原住民族の歴史を知って欲しいと呼びかけた。(写真:CNA)

 中華民国台湾には、様々なエスニックグループの人たちが暮らしていますが、このうち、漢民族が中国大陸から台湾へ渡ってくる遥か以前、少なくとも6000年前から台湾で暮らしていた人たちを台湾原住民族といいます。

 日本ですと、原住民族という言い方がマイナスの響きがあり、先住民族という言い換えをすることが一般的ですが、標準中国語で「もともと」という意味をもつ、原点の「原」が入った原住民族という表現の方が、「元々の住人」という意味を示すのに適切だとして、原住民族自身がこの呼び名を希望しています。つまり、尊重する呼び方なんです。

 中華民国台湾の人口は今年6月末、2358万人あまりでした。このうち、台湾原住民族の人たちは57万3980人で、人口比ではおよそ2.4%に当たります。ここで指す台湾原住民とは、中華民国政府に正式に原住民族と認められている部族、全16民族を指します。

 かつて、台湾の原住民族は、日本統治時代の学者、移川子之蔵(うつしかわ ねのぞう)の分類をもとに9族とされていましたが、1998年に原住民族委員会が設立されたのち、もともと、この9族の一つとみなされていたエスニックグループや、原住民族として認定されていなかったエスニックグループから、自分達を独立した部族と認めるよう訴えかけが続きました。

 そして、2001年から次々に新たな部族が認定され、2014年までに新たに7つの部族が独立した原住民族として認められ、現在は16部族となりました。現在、政府により原住民族に指定されているのは、人数順に、アミ族、パイワン族、タイヤル族、ブヌン族、タロコ族、プユマ族、ルカイ族、セデック族、サイシャット族、ツォウ族、タオ族、クバラン族、サキザヤ族、サオ族、サアロサ族、カナカナブ族の16族です。

 なお、台湾にもこの他にも、独立した民族として、原住民族として認定するよう訴えているエスニックグループもおり、中央政府ではなく、地方自治体に認定されている部族も3つあります。

 日本でおなじみの人たちは、やはりスポーツ、芸能関係の人たちが多いでしょうか。野球ではかつて中日ドラゴンズで活躍した郭源治投手、現在、読売ジャイアンツでプレーする陽岱鋼選手、東北楽天ゴールデンイーグルスのソン・チャーホウ投手らがアミ族、オリックス・バファローズのチョウヤク投手はお父さんがタロコ族、お母さんがアミ族です。

 芸能関係では、台湾の歌姫、アーメイことチャン・フイメイさんがプユマ族、女優、歌手としておなじみ、ビビアン・スーさんのお母さんがタイヤル族、そして中高年の方はご記憶あるでしょうか、1980年代に流行した即席ラーメン「マダムヤン」のCMに出演していた女優、湯蘭花さんがツォウ族です。

 さて、先週の土曜日、8月1日は、中華民国台湾の「原住民族の日」でした。原住民族の人々は、1980年代から、中華民国憲法に定義、記載されていた当時の「山地同胞」、山に住む同胞という意味の「山地同胞」という名称を、「原住民」に改めること、また本来の原住民族の伝統的な名前を名乗ること、伝統な集落名を取り戻すことなどを求める運動をしていました。

 10年近い運動は決して順調ではなく、挫折もありましたが、1994年8月1日に公布された憲法改正条項で、正式に「山地同胞」から「原住民族」に改められ、2005年、閣議で、毎年の8月1日を「原住民族の日」とすることが決まりました。

 原住民族の日の8月1日、原住民族委員会は台北市内のホテルで、シンポジウムを開催し、蔡英文・総統も参加しました。台湾最南端、屏東県出身の蔡・総統の祖母はパイワン族です。蔡・総統は、原住民族の血を引く初の総統であると共に、2016年には中華民国の総統として初めて、この400年間、歴代の統治者が、同化を進め、原住民族の人々の伝統的な文化を保護してこなかったことなどについて、正式に謝罪しました。

 蔡・総統は挨拶の中で、8月1日は台湾民主のモデルチェンジ、人権の発展において非常に重要な一日であると述べ、人々はこの日を機会に、台湾原住民族の歴史を知って欲しい、と呼びかけました。蔡・総統はそして、現在、台湾の社会では「原住民」という言葉を当たり前に使っているが、これは、10年以上に及ぶ原住民族の人々の運動、そして当時の李登輝・前総統による憲法改正の成果である、と強調しました。

 シンポジウムを主催した原住民族委員会のIcyang Parod/イチャン・バロド主任委員は、かつて原住民族の名称回復運動で一年間服役していました。イチャン・バロド主任委員は、1994年7月1日、李登輝・元総統が、抗議活動を行っていた原住民族の団体代表と特別に面会し、結果、その後の憲法改正につながったエピソードを紹介、7月30日に亡くなった前総統を悼みました。

 蔡・総統は、原住民族の人々は、自らの名前、自らの言葉、そして自らの文化を取り戻すと共に、自らの歴史観についても取り戻さなければならない、と指摘しました。そして、過去4年間、原住民族「移行期の正義」委員会は、歴史の真相について探索、検討し、既に10冊もの専門書を発行、異なるエスニックグループ間での対話を促してきたと紹介、原住民族の歴史観は、台湾の歴史を理解するための起点となる、と強調しました。

 近年は、教育部が小中高の教育課程、教材に原住民族の観点を取り入れたり、文化部により原住民族の文化を伝えるイベントなども行われています。

 現在、日本と台湾はなかなか自由に行き来ができず、ご覧いただけないのは残念ですが、まさに現在台湾では、中部、台中市の国立自然科学博物館のほか、東部・台東県、最南端の屏東県で、原住民族の文化、伝統を紹介する特別展が行われています。 

 台湾社会における原住民族の人たち、構造的な問題で負の連鎖を断ち切れず、

進学面や経済面で弱い立場に置かれている人の割合は依然高いといえます。また、今ご紹介した特別展の記者会見でも言及がありましたが、特に若い頃、皮膚の色や外見、言葉の訛りなどの違いを理由に学校で差別されたり、からかわれるケースもあるようです。

 このように、様々な課題はありますが、多様性を大切にする政府の取り組み、そして原住民族の人々自身の努力により、少しずつ彼らの社会的立場も変化をしています。

 これは私の個人的な印象ではありますが、この10年あまり、胸を張って自分は何々族だ、そして、部族の本来の名前は何々だと語る、原住民族としてのアイデンティティーを大切にし、誇りに思う若い世代の原住民族の人たちが増えてきた、という気がいたします。ゆっくりとした歩みですが、確実に前進しているんですね。これもまた台湾社会のソフトパワー、魅力の一つという気がいたします。

 

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