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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」) - 2025-05-04-食文化の混成から見る「台式日本料理」

  • 28 April, 2025
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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」)

<第1セクション:日本ではお目にかかれない「日式涮涮鍋」>

  • 私が台湾でよく外食に訪れるところの一つに、「日式涮涮鍋(日本式しゃぶしゃぶ)」と呼ばれる鍋料理のお店がある。タンパク質と野菜の双方をしっかりと取れる上、コスパも比較的良いのが有難い。ただ、日本のしゃぶしゃぶをイメージして行くと最初は面食らうかもしれない。というのも、「日式」と謳ってはいるが、日本ではお目にかかったことのないスタイルやシステムで、台湾の個性が溢れている鍋料理だからだ。この鍋料理には、私が折に触れて紹介してきた台湾文化の三大要素、すなわち「受容性」「多様性」「柔軟性」がぎっしり詰まっていて、食文化の混成というテーマを語る上で、最も面白い事例の一つだと思う。本日は台湾の食文化の混成に絡めつつ、私の愛する「日式料理」あるいは「台式日本料理」についてお話してみたい。

  • まず、日本人がしゃぶしゃぶと聞いて最初に思いつくのが「牛しゃぶ」だろう。「豚しゃぶ」や「鰤しゃぶ」なども食べたことはあるが、王道はやはり「牛しゃぶ」である。薄切りの牛肉に具材は白菜、春菊、ネギなどの野菜が数種類、昆布だし汁をひいた鍋にさっと潜らせて、ポン酢かゴマだれで食べるのが一般的だろう。主役の牛肉を引き立たせるため、基本的に他の食材はシンプルで、鍋のスープ自体も昆布で採った出汁以外の味付けはほとんどない(あっても料理酒で風味付けする程度)。味付けは湯を潜らせた後で付けるポン酢、ゴマだれで決まる。

  • こうした日本のしゃぶしゃぶを想像しながら、18年前に台湾で初めて「日式涮涮鍋」の店に入った時には、大いに戸惑うこととなった。というのも鍋がまず一人用、テーブル席もあるが、カウンター席に案内されたことにまず驚いた。席に着くと、まず鍋のベースとなるスープをどれにするかと店員に訊かれる。昆布や鶏出汁のものが基本だが、店によってはトマト味、薬膳味、カレー味、ピリ辛味、キムチ味、味噌味など多種多様のスープからチョイスできるようになっている。余りに種類が多すぎて、目移りしてなかなか決められない。日本ではこのような選択肢は存在しないだろう。しゃぶしゃぶのスープはどの店も基本的には一択で、昆布出汁が張られた鍋がテーブルの上にセッティングされるだけだ。

  • 次にメインの具材の肉を選ぶのだが、様々な部位の牛肉をはじめ、豚、鶏、羊、家鴨、あるいは海鮮からベジタリアンの食材まで用意されて実に多種多様だ。客はそこから再び選ぶことになる。もちろん複数の種類の肉、複数の部位を選択しても良い。台湾でメニューに「海陸」と書かれていれば、それは「海鮮」と「肉類」の両方の具材が入っていることを意味する。日本ではメインの具材は、牛肉なら牛肉だけというところがほとんどではないかと思う。しゃぶしゃぶの専門店でも、私が生まれ育った日本の我が家でも、豚や鳥など他の肉が混ざったり、海鮮まで多様な食材を一つの鍋で一緒に調理されたしゃぶしゃぶを私は見たことがない。具材がここまで賑やかになると、それはしゃぶしゃぶというより、もはや寄せ鍋に近い感覚だ。

  • 野菜類はメインの肉や海鮮を頼めば、自動的に付いてくる。通常はキャベツ、人参、大根、エノキダケやシイタケなどのキノコ類、豆腐や湯葉、練り物が一つの皿に盛られてくるか、セルフサービス・コーナーから自分で取ってくることになる。そして、主食も白米、麺(インスタント麺、うどん、意麺など)、春雨などから選ぶことになる。また、具材を煮た後に付けるタレは、こちらも専用のコーナーがあって、醤油、酢、沙茶醬、唐辛子、刻みニンニク、刻み葱、大根おろしなどを自分の好みの加減に調味する。食後にはアイスクリームなどのデザートもセルフサービスで提供されている場合も多い。

  • このように「日式涮涮鍋」は、「日式(日本式)」を謳ってはいるが、その実はほとんど「台式(台湾式)」の料理と考えた方が良い。ルーツは日本のしゃぶしゃぶからヒントを得たのかもしれないが、それをいったん「受容」した後は、台湾の特有の「柔軟性(フレキシビリティ)」を発揮して独自の進化を遂げ、様々なベースのつゆ、豊富な食材の鍋へと「多様化」し、「現地化」していったのである。これこそ、食文化の混成の醍醐味であると思う。最初は面食らった「日式涮涮鍋」だが、今では私のすっかりお気に入りの料理となっている。

  • では、本日は「日式」にあやかって、オリジナルが1950年代、1960年代の古い日本の流行歌でありながら、台湾でカバーされてすっかり現地化し、本家の日本では既にほぼ忘れ去られてしまったにもかかわらず、台湾では今日まで歌い継がれている楽曲を紹介していきたい。1曲目は台湾人ならば誰でも知っていると言っても良いほどの名曲『快樂的出帆(khuài-lo̍k--ê-tshut-phâng)』。私もこの曲を最初に聴いた時には、1958年に曽根史朗さんが歌った日本の楽曲『初めての出航』がオリジナルだとは知らなかった。台湾で最初にカバーしたのは陳芬蘭さん。本日は林俊逸さんのバージョンでお届けしたい。

<第2セクション:「台式日本料理」を美味しく感じられるか?>

  • さて、次にご紹介したいのは、「台式日本料理店」だ。誤解の無いようにお断りしておくが、「台式日本料理店」と言っても、お店の看板に「台式」とわざわざ銘打っている訳ではない。どの店も「日本料理」と謳っているだけである。「台式日本料理」とは、私たちがその店の料理をいただいた時に、幾つかの特徴から既に台湾のこの土地でローカライズされた日本料理であると認められる店という意味である。日本のいわゆる「町中華」を思い出してほしい。看板に「日本式中華料理」などと掲げている店はまず無いはずだ。単に「中華料理」と銘打っているだけである。台湾や中国や中華系の「本場」の人々から見た場合、日本の「町中華」も「日本式中華料理」と感じるはずだ。要はそういうことである。

  • 台湾在住40年の作家・木下諄一さんの新著『日本人的台灣美味』にも、ちょうどこの「台式日本料理」のことが触れられていた。原文は台湾華語だが、その一部を紹介したい。今ではネイティブ顔負けの台湾華語を操り、小説やエッセーまで執筆する木下さんだが、1980年代に木下さんが台湾にやって来たばかりで、まだ言葉もままならなかった頃の話である。

  • 「(前略)…そんなある日、私は『もうひとつの日本料理』の存在を知った。南京東路を歩いていたとき、ふと見つけたのが、カウンター席しかない小さな店。日本では牛丼チェーンや回転寿司などでよく見かけるタイプの店構えだったが、ここは少し違っていた。扉がなく、自由に出入りできる半開きの作りだった。店に入り、席に着くと、壁一面にメニューがずらりと貼られていた。かつ丼、親子丼、焼きうどん——どれも私には馴染みのある日本料理だが、すべて中国語で書かれていた。」そして、木下さんはたまたま日本語が話せるサラリーマン風の男性の勧めに従って、この店で親子丼を注文したそうである。

  • 「…(中略)私は彼のお勧めの通り、親子丼を注文した。まもなく、オレンジ色のプラスチックの器に入った親子丼が運ばれてきた。一口食べてみると——甘めの味付けで、タレが多く、器の底にたまっている。まずくはないが、特別美味しいわけでもない。日本料理と言えばそうだが、そうでないような、不思議な味だった。これが、いわゆる「台湾式日本料理」との初めての出会いだった。」

  • このエッセイでも触れられていることとほぼ重複するが、「台式日本料理」の特徴として(1)汁だくで甘めの味付け、(2)刺身の一切れが極端に厚い(木下さんのエッセイでは「ようかんのような和菓子を連想」と表現)、(3)大量のワサビを醤油皿に全部溶かし込んでから、それをたっぷり付けて涙を流しながら刺身を食べる(ワサビ醤油はもはや茶緑色のゲル状に)、(4)天ぷらの衣が厚過ぎて中の食材が尻尾の出ているエビ以外は判別不能、(5)味噌汁がやたらと甘い白味噌仕立てで、鰹節(鯖節の場合も)がそのまま具になって浮いている、(6)定食などの小鉢やデザートに中華系の炒め物や「綠豆湯(緑豆スープ)」等の「台湾小吃」が出てくる、などが挙げられるだろう。日本料理には違いないが、どこか違和感のある料理、それが「台式日本料理」である。

  • エッセイはさらに続く。「『台湾式』であっても、日本料理の値段は決して安くない。何度か食べながら、私はいつも思った。この値段なら、中華を食べたほうが満足度は高いのではないか…(中略)…自分からは行かないけれど、誘われたら断らない。必要があれば食べるが、普段は少し距離を置く——それが、台湾式日本料理に対する私の一貫したスタンスだった。」「台式日本料理」に対して同じようなスタンスを採っている在留日本人も多いのではないだろうか。日本料理を食べるなら、日本人の板前が作る本場の味を楽しみたい。私もかつてはそう思っていた。「台式日本料理」が日本人どうしの宴席の会場としてファースト・チョイスになることは稀であろう。

  • ところが、木下さんが台湾に住み始めて30年が立った頃に、台湾在住25年のある雑誌の編集長から、もう一人の日本人とともに食事に誘われる。会食の際には日台の文化の違いが話題となり、その流れでその編集長から不意に「お二人は、台湾の日本料理についてどう思われますか?」と尋ねられる。木下さんが驚いていると、編集長はこう言葉を重ねる。「けっこう、美味しいと思うんですよ、あれ。」結局、その場に居合わせた全員がこの編集長の言葉に頷くという内容だ。

  • 木下さんが以前、この番組に出演された時におっしゃっていた「概ね25年を過ぎると『台式日本料理』を美味しいと感じるようになり、台湾にどれだけ深く根を下ろしたかのバロメーターになる」という言葉を思い出した。「臭豆腐」は台湾に来て数か月で食べられるようになる人が多く、これも初期の段階のこの土地に馴染んできたかどうかのバロメーターになるとも、木下さんはおっしゃっていた。「台式日本料理」は25年というから、そのハードルはかなり高い。

  • 私は今年で台湾に拠点を移してから18年、間も無く19年目に入るが、「台式日本料理」を既に美味しいと感じ始めている。おそらく私の場合は、私のライフワークの一つである「文化の混成」の問題への探究心を刺激してくれることから、「台式日本料理」に対する思い入れが最初から強かったことが幸いしているのかもしれない。

  • 私はヨーロッパや北米、中東、オセアニア、台湾以外のアジア地域など様々な地域の現地の「日本料理」を食べ歩いてきた。その土地のシェフたちが日本料理をどのように理解し、現地で手に入る食材や調味料で、どのように再現しようとしているのかという点に関心があり、たとえ驚くような味の料理が出て来たとしても、それがどうしてそのような味になったのかを分析すること自体は楽しいことなのである。私の「美味しいは楽しいに由来」しているのかもしれない。

  • ではここで、これも1957年に藤島桓夫さんが歌った『俺らは東京へ来たけれど』が原曲で、文夏さんが台湾語の歌詞を付け最初に歌って大ヒットした『媽媽請妳也保重』を、本日は台湾を代表するロックバンド董事長樂團さんのバージョンでお届けしたい。この曲も先ほどOAした『快樂的出帆』と並んで老若男女を問わず、台湾人なら誰でも口ずさめる歌の一つだろう。

<第3セクション:混成するからこそ食文化は輝く>

  • 日本のラーメンもカレーライスも、発祥地は中国やインドだったのかもしれないが、どちらも日本で独自の進化を遂げ、もはや世界中から代表的な「日本料理」として認識されている。そして、外来の食文化が日本で根付いた好例として先ほど挙げた「町中華」。中国の山東地方発祥の餃子も、四川地方発祥の麻婆豆腐も回肉鍋もエビのチリソースも、日本の「町中華」のそれは既に似て非なるものである。天津飯に至っては、天津のどこを探しても見られない日本の「町中華」独自の一品である。私から見れば、日本に根を下ろした「町中華」は、既に日本を代表する料理の一部となったと言っても良いと思っている。

  • 食材や調味料、調理法に「和」の手法を取り入れた「ジャパニーズ・イタリアン」や「ジャパニーズ・フレンチ」だって、むしろ本場のシェフやグルメからも支持されていることもある。台湾の代表的な食として挙げられている「小籠包」は上海一帯の江南地方の「小吃」だし、「牛肉麺」も四川か蘭州が発祥のものであり、いずれも台湾に来てから精緻な形で進化を遂げたものである。要は混ざるからこそ面白いし、混ざるからこそ美味しいし、現地化するからこそ地元の人々から愛される食べ物となり、それが翻って国際的に評価をされたりもするのである。ということで、本日は「台式日本料理」店でワサビをたっぷり効かせた「握壽司定食」をいただきます!

  • 本日のお別れの曲は、橋幸夫さんの1964年のヒット曲『恋をするなら』を「寶島歌王」の葉啓田さんが台湾語にカバーして、台湾の国民的歌謡となった『墓仔埔也敢去』を、本日はこちらも国民的ロック歌手・伍佰さんのライブバージョンでお聴きいただきながらお別れしたい。

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