<第1セクション:沖縄音楽2ピースユニットBAMIの『大溪豆干節』>
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リスナーの皆さん、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。日本では本日1月5日までお休みの職場も多いと思うが、台湾は祝日の元日を除けば、政府も企業も平常の営業、平常運転。一方、旧正月があと3週間ちょっとに迫り、旧正月が最大の年中行事である台湾では、「辦年貨」と呼ばれる正月用品の歳末大売り出しの準備も急ピッチで進み、歳末のボーナス支給の日を心待ちにして、人々がそわそわし始める時節でもある。
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昨年末の話になるが、12月22日に去年結成したばかりの沖縄三線の引き語りをするAmiさんと私のユニットBAMIで桃園の「大溪豆干節(大渓干し豆腐祭り)」のステージに出演した。もう少し正確に言えば、石垣市と桃園市の間で交流提携が署名され、このことを記念して大渓干し豆腐祭りのプログラムの中で石垣島をプロモーションするイベントが組まれ、その一環で石垣島出身のAmiさんがいる今回のユニットにも白羽の矢が立ち、私も一緒に出演したということである。今回のパフォーマンスでは、は沖縄のエイサー踊りでは先導役として場を盛り上げる「京太郎(チョンダラー)」に扮した在台湾沖縄県人会会長でドラマーでもある黒島真洋さんも、カホンで参加してくださった。
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大渓干し豆腐祭りのことを、その歴史も含めてまずは紹介しておこう。手元の主催者サイドの説明書きには次のようにある。「桃園では大溪干豆腐産業をベースに、ベジタリアン食のトレンドを組み合わせ、『環境の持続可能性』、『動物への優しさ』、『心身の健康』を核概念として『植栽桃園』という都市ブランドイメージを構築しています。干し豆腐は桃園市大渓の重要な文化財で、地元の伝統的な食文化です。」なるほど、出店していた飲食の屋台が全てベジタリアン料理だったのは、そのような理由があったのか。
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説明はさらにこう続く。やや翻訳調なのは原文がそのようになっているためで、ご寛恕いただきたい。「2015年から『大渓干し豆腐祭り』が開催され、桃園観光の発展や伝統文化の普及に貢献しています。当初は業界団体が主催していましたが、2015 年から規模を拡大し、『国際菜食祭り』として大規模なカーニバルイベントに発展しました。イベントでは、精進料理の展示や『大渓干し豆腐』シリーズ の製品も紹介され、桃園の伝統文化と多様な体験を提供します。祭りでは大渓干し豆腐のブランド力向上とマーケティング強化を図っています。特色あるパレードや、パフォーマンスアートを組み合わせたイベントで、大渓の独自の人文的な魅力と夜間観光を一体化させ、地域の特色を存分に表現します。」
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当日会場では、マーケットに出店し、大渓に20年在住しているという近藤香子さんからお声がけいただいた。近藤さんは台湾在住の日本人主婦による手工芸品の屋台のお店「笑班」を運営されている中心人物であり、日本統治時代には日東紅茶の工場があり、水上運輸の要所でもあった大漢溪沿いに発展した大渓の歴史にも精通されている。今は観光スポットとして有名な大渓の「老街」も、日本統治時代から続くこうした歴史が背景にあって形成された。
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台北在住で活躍するライター仲間の友人たちも、大渓をネタに記事を書く場合は、ほぼ例外なく近藤さんの現地コーディネートのお世話になっている。私も今回、ステージの間隙を縫って、近藤さんのご案内で、会場から5分ほど離れた地元の人がイチオシという干し豆腐店まで赴き、家族へのお土産を買うことができた。いつか大渓を再訪する時には、ゆっくりとこの街をご案内いただく約束までしていただいた。近藤さんのご配慮に、この場を借りて改めて感謝したい。
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ではここで、当日沖縄三線弾き語りの Amiさんと私のユニットBAMIでも演奏した『島唄』をオリジナルの創作者THE BOOMさんの演奏でOA。この歌は太平洋戦争の戦場となった沖縄に対する平和への祈りがモチーフとなっている。ボーカルで作詞作曲者の宮沢和史さんは、出身は山梨県の甲府市。沖縄出身ではないが、沖縄の自然や歴史に心を寄せ続けている音楽家として、私も常に敬意を払っている。
<第2セクション:リハーサル中に「ピンクのスーパーカー」の媽祖様がご来訪>
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干し豆腐祭りの当日の出来事を引き続き紹介しようと思う。私たちのユニットBAMIが午後の本番に備え、午前11時20分から予定されていたリハーサルのため舞台に上がろうとしたまさにその時だった。音楽や掛け声とともに、どこからともなくやって来たピンク色の屋根の神輿に担がれた白沙屯の媽祖様が、干し豆腐祭りの舞台の上に登って来られたのである。このような演出は事前に一切聞いていない。それもそのはず、主催者も聞いておらず、この付近を「遶境(巡行)」していた媽祖様が自らのご意志で干し豆腐祭りの会場を訪れ、舞台まで駆け上がってこられたというのだ。
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日本では考えられない状況であろうが、これは台湾的にはとても有り難く、吉兆を予感させられる。私とAmiさんは周りに促されるように、これも筋書きのないまま、何か1曲その場で媽祖様に歌を奉納させていただくという流れになった。沖縄のフォーク歌手で参議院議員にもなった喜納昌吉さんがオリジナルで、日本でも多くの歌手にカバーされ、後に台湾でも周華健(エミール・チョウ)が歌い、大ヒットした『花』を媽祖様に奉納させていただくこととした。沖縄、ひいては日本と台湾の交流の発展と干し豆腐祭りの安全と盛況を祈りつつ、BAMIのメンバーで心を込めて歌わせていただいた。サビでは周りの台湾の皆さんも華語で唱和してくださった。
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この模様は、12月22日付の『自由時報』でも「媽祖也愛這一味!白沙屯「粉紅超跑」加持大溪豆干節(媽祖様もこの味がお気に入り!白沙屯『ピンクのスーパーカー』が大渓干し豆腐祭りをご加護)」のタイトルで紹介されている。「ピンクのスーパーカー」というのは、白沙屯の媽祖様の神輿の屋根がピンク色であることから、そのように呼ばれている。最後にリスナーの皆さんのご参考までに記事のリンクも貼り付けておくが、抜粋してまとめるとだいたい以下の内容である。
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「桃園市の『大渓干し豆腐祭り』の豆腐ファン・マーケットの二日目となった本日(22日)、白沙屯拱天宮の「ピンクのスーパーカー」として親しまれている媽祖様の神輿が、午前中に突如として現れ、会場を巡回した。さらには沖縄石垣島の観光キャンペーンのブースやイベントの舞台に立ち止まり、日本の音楽グループ『Ami & baba桑(BAMI)』も日本の楽曲のカバー曲『花心(花)』を誠意のある歌声で媽祖様に奉納した。会場にいた参加者や媽祖様の信徒たちにとってもサプライズとなり、皆がスマホを手にしては次々と写真に収めていた。」
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先ほど私も簡単に述べたが、ピンクのスーパーカーという呼称についても、同紙では簡潔に紹介してくれている。「実は『粉紅超跑(ピンクのスーパーカー)』の『粉紅(ピンク)』は媽祖様の神輿の上にピンク色の雨避けの布がかけられていることから、また『超跑(スーパーカー)』とは御神輿のスピードが早いことから、『粉紅超跑(ピンクのスーパーカー)』という言葉が生まれたのである。いつしか信徒たちは皆、白沙屯の媽祖様の神輿のことを『ピンクのスーパーカー』と称するようになった。」
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媽祖様のご利益があったのだろう。本番のステージでは、立ち見が出るほどのお客さんで埋まり、Amiさんの上手なお声がけでお客さんも一緒に沖縄の手踊りのカチャーシを踊ってくれたり、曲の合間に「イヤサーサ」と沖縄風の掛け声を掛けてくださったりした。もちろん、BAMIのメンバーもこうした雰囲気の中で思い切り演奏ができたし、楽しい時間と空間を会場にいた皆さんと共有できたことは、演者としても何よりの喜びだった。ただ、この日は寒かった。結局野外に9時間もいたためか、身体が冷え切って風邪をひいてしまったのは玉に瑕。
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では、ここで白沙屯の媽祖様の応援歌であり、三立テレビのドラマシリーズ『戲說台灣(台湾物語)』のエンディングテーマ曲ともなって、林姍さんが歌った『粉紅超跑(ピンクのスーパーカー)』をOA。
<第3セクション:3月には石垣と桃園の間を直行便が就航?>
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現在、石垣島と台湾の間には直行便がない。いったん反対方向の沖縄本島まで飛ぶか、フェリーで渡って、那覇から桃園や高雄入りするルートしかない。ところが、今回の石垣市と桃園市の交流提携を受けて、今年の3月から石垣〜桃園間の直行便の就航を目指して、目下調整中との話を複数の関係者から聞いた。正確な情報は公式発表を待つしかないが、石垣島から台湾の移動時間が大幅に縮まることによって、台湾から石垣島、ひいては石垣島を起点に八重山諸島の島々への台湾からの観光ルートが広がって行くことを歓迎したい。
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それから、もう一つ航路復活のニュースもある。今年の秋には、石垣〜基隆の航路も新たに開設されることが、台湾国際放送も含め、複数のメディアで報道されている。2008年まではこの路線の航路は存在した。しかし、船会社が破産してしまい長らく途絶えていた。今回は石垣市が船を買い取り、台湾の船会社に運営を委託する形で話が進んでいるようだ。これが実現すれば、週3便、片道約8時間で石垣島と台湾の間を行き来ができるようになる。空と海の両方から石垣島と台湾が結ばれる意義は観光だけにとどまらない。
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石垣島と台湾はそもそも270キロしか離れておらず、石垣島から沖縄本島への距離400キロに比べても、はるかに近い。したがって、歴史的に見ても多くの台湾人が華僑として渡り、パイナップルやサトウキビの栽培に携わったとも聞く。戦前の1930〜1945年に1,200人の台湾人が石垣島に渡ったという記録も残っている。今でもその末裔は島で暮らしている。反対に石垣島をはじめ八重山諸島から台湾に渡る人も多かったし、今でも台湾の大学を対象とした石垣市の奨学金制度を使って留学する青年も少なくはない。もともと国境の概念がなかった時代から、黒潮に乗ってお互いに自由に行き来してきた関係なのである。
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さて、石垣島出身の歌手と言えば、台湾でも大人気のこの人。夏川りみさんの歌で『涙そうそう』をお聴きいただきながら本日はお別れしたい。この曲は作詞の森山良子さんが、若くして天に召されたお兄さんを思って作られたということは、ヒットから数年経ってから知った。BEGINさんの情感の溢れるしっとりとしたメロディーは、台湾でも北京語や台湾語で多くの歌手にカバーされ、流しの世界でも特にリクエストの多い曲となっている。
<ご参考>
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12月22日付自由時報「媽祖也愛這一味!白沙屯「粉紅超跑」加持大溪豆干節」https://news.ltn.com.tw/news/life/breakingnews/4901315
Rti 台湾国際放送
Rti 台湾国際放送 
