<第1セクション:『順子』の台湾語カバー曲 葉啟田の『莉娜』、『しゃぼん玉』のカバー曲 呉百倫の『朋友,出去走走』>
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一昨日二十四節気の「大雪」を迎える。雪が降り積もり、寒さがいちだんと厳しくなる季節とされる。日本では、文字通り雪が盛んに降り始め、山々は雪に覆われ、平野でも雪が降り積もる季節。この時季には本格的な寒波である「冬将軍」が到来する。台湾でもこちらでは「寒流」と呼ばれる大陸からの寒気団が南下し、北部ではこの季節になると、冷たい小糠雨が降る日々が続く。
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本日は「台湾に根を下ろした日本歌謡シリーズ」の第15回をお届けする。これまで美空ひばりさん、中島みゆきさんの台湾でのカバー曲を特集したことがあったが、今回は長渕剛さんのカバー曲を特集したい。最初にご紹介する曲は長渕さんの初期の楽曲で抒情的フォーク色の強い『順子』。この曲は1979年に発表された長渕さん2枚目のアルバム『逆流』に収録され、翌年の1980年に『順子/涙のセレナーデ』としてカップリング曲の形でシングルカットされた。「レコード会社に『シングルにしてほしい』という要望が多数寄せられたため、後にストリングス等のリミックスが施された形でシングルカットされた」とのエピソードが残っている。オリコンチャートでは8週連続で1位を獲得し、ミリオンセラーも記録している。
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この『順子』を1984年に台湾語でカバーしたのが、「寶島歌王」と称され、立法委員としても活躍した葉啟田さんだ。北京語版のタイトルは『莉娜nī-ná』(一部『噢!莉娜』の表記も。これは沢田研二さんの『追憶』のカバー曲のタイトルであり、どちらもタイトルに「莉娜」という漢字表記も全く同じの名前があったことから混同が起こったものと思われる。)、アルバム『人生著要打拼(生きてるからにゃ頑張らねば)』に収録されている。しかし、残念ながら現在この曲の音源は、発行当時のレコード会社が既に存在しておらず、このアルバムも含め市場にはもう出回っていない。おそらく権利関係で何らかの問題があるのかもしれない。したがって、この番組でOAすることができないのが悔やまれるが、興味のある方は、ぜひウェブで検索をしていただければ音源に行き着くことができるはずだ。とはいえ、葉啟田さんが『順子』を歌っていたという事実に行き着けただけでも、私にとっては大きな収穫だ。
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ではここで長渕剛さんの『しゃぼん玉』を1993年に北京語でカバーした呉百倫(ウー・バイルン)さんの『朋友,出去走走(友よ、出かけよう)』をOA。呉百倫さんは、この曲が収められた同名のアルバム『朋友,出去走走(友よ、出かけよう)』をリリースした当時17歳。端正な顔立ちの彼をレコード会社はアイドル路線で売り出そうとした。だが、このアルバムはスマッシュヒットしたものの、「一片歌手(=一発屋)」の冠を戴いたまま台湾の芸能界から静かに消えていった。聞くところによると、その後日本にわたり、日本で家庭を持ち一般人として暮らしているそうだ。
<第2セクション:『乾杯』の北京語のカバー曲 姜育恆の『跟往事乾杯』>
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次に紹介するのは、長渕さんの代表曲『乾杯』だ。この曲は結婚式や卒業式など人生の新たな旅立ちの際に定番で歌われる曲だが、長渕さん自身も『乾杯』は結婚する友人のために書いた曲であると語っている。長渕さんが1980年にリリースした3枚目の同名のアルバム『乾杯』に収録されている。また、1988年には、新たなアレンジによるセルフカバーのシングルをリリースし、オリコンのヒットチャートでも1位を獲得し、1990年以降は小学校の音楽の教科書にも採用されている。
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この曲を台湾で北京語にカバーしたのが、韓国の華僑で台湾で一時代を築いた「憂鬱王子」こと姜育恆(チアン・ユィヘン)さんだ。1988年にリリースされた姜さんの7枚目のアルバム『跟往事乾杯(昔日に乾杯)』のアルバムタイトル曲として収められた。姜育恆の哀愁を帯びた歌声に乗ったバラードは、中華圏で大ヒットした。アレンジを聴くと、この姜さんのバージョンは、この年に長渕さんがセルフカバーした新しいバージョンのアレンジをもとにしていることがわかる。
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姜育恆さんの北京語版の歌詞を見ていくと、傷ついた友に対して「傷はまだ癒えていないだろう。目にも涙が溜まっているだろう。でも、明日の盃が昨日の悲しみで溢れないよう、過去を飲み干してしまおう」と激励する歌になっている。日本語版の未来への希望に溢れるニュアンスに比べると、どうしても一抹の哀愁を帯びているように感じてしまう。さすが「憂鬱王子」のニックネームに恥じない、姜さんならではの世界観、味が出ている。
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姜育恆さんの両親は、中国の山東省出身で韓国に渡った華僑。生活は苦しく、姜さんの高校時代には、韓国のいろんな街に出向いては、レストランや建築現場でのアルバイト、靴磨きや傘売りまでして生活を支えた。姜育恆さんは24歳の1982年に台湾に渡り、翌1983年に新人歌手発掘のためのオーディションで入賞を果たし、1984年に歌手としてプロデビューを果たすこととなった。台湾版の「スター誕生」を地でいくサクセスストーリーだ。1991年には、12枚目のアルバム『一個人』で「金曲獎」の最優秀歌曲アルバム賞を受賞している。
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姜育恆さんの歌は、1990年代に私も昔カラオケでよく歌った。私が尊敬する歌手・蘇芮(ジュリー・スー)さんがオリジナルで歌った『再回首(再び振り返る)』、中国の恋愛時代小説で一世を風靡をした瓊瑤の三部作が原作のテレビドラマ『梅花三弄』の主題曲など、情感のこもったバラードが姜さんの作品の中でも特にお気に入りだ。一時期台湾の歌謡界からは離れていた姜育恆さんだったが、昨年の2023年には台北アリーナで「人生的路」と題するコンサートを久しぶりに開催し、元気な歌声を披露してくれた。では、ここで長渕剛さんの『乾杯』の北京語のカバー曲で姜育恆(チアン・ユィヘン)さんが北京語で歌った『跟往事乾杯(昔日に乾杯)』をOA。
<第3セクション:『とんぼ』の北京語のカバー曲 小虎隊の『紅蜻蜓』>
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最後にご紹介するのは、長渕剛さんのもう一つの代表曲の『とんぼ』だ。1988年に長渕さんの20枚目のシングルとしてリリースされたこの曲は、この年に放送された同名のテレビドラマ『とんぼ』の主題歌として採用され、ドラマは最高視聴率が最終回の21.8%を記録するヒット、東京に憧れて上京した者の挫折と苦悩を描いたこの主題歌『とんぼ』も、多くの聴く人の心に刺さりミリオンセラーを記録する大ヒットとなった。瀬尾一三さんのアレンジによるアコースティックギターの乾いた音が前面に出たミドルテンポのフォークロックのサウンドは、長渕さんの反骨心を秘めた力強い歌声にもピッタリとハマった。この曲は翌年リリースされたアルバム『昭和』にも収録されている、また、テレビドラマでは、長渕さん自身がヤクザ役で好演していたのが、とても強く印象に残っている。
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長渕さんの楽曲『とんぼ』がテレビドラマの主題歌に採用された経緯について、こんなエピソードが残っている。劇中で使用されている音楽は、全て長渕さんが作曲、アコースティックギターでの演奏を行っているのだが、撮影が始まる二、三ヶ月ほど前に長渕さんが演出家の大岡進さんを訪ね、突然カセットテープを取り出し「この曲を聴いてくれ」と要求したとのこと。その時点では主題歌かにするか挿入歌にするかはまだ決まっていなかったそうだが、最終的に主題歌に据えた長渕さんと制作サイドの慧眼には目を見張るものがある。歌詞もメロディもアレンジも含め、この曲は抜きん出ていると思う。「記憶に残る」フレーズのオンパレードなのだ。
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この『とんぼ』は先ほどご紹介した姜育恆さんも『夕陽』のタイトルで1997年にカバーをしているが、台湾で最初に北京語でカバーしたのは、それを遡ること7年前、小虎隊(The Little Tigers)さんだ。1990年代に社会現象ともなった吳奇隆(ニッキー・ウー)、陳志朋(ジュリアン・チェン)、蘇有朋(アレック・スー)の3人で構成される男性アイドルグループで、台湾版の「少年隊」と言われている。現在はそれぞれ「單飛」と呼ばれるソロ活動をしており、俳優や歌手、プロデューサー、監督などさまざまな分野で成熟した実力を発揮し、今もそれぞれ根強いファンを持っている。
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『とんぼ』のカバー曲『紅蜻蜓(赤とんぼ)』は、1990年に小虎隊の3番目アルバム『紅蜻蜓』に収録されている。長渕さんのこの曲を台湾のアイドルグループがカバーしたことは、ある種の象徴的な現象を伴っているように私は映る。以前中島みゆきさんのカバー曲の回にも述べたが、日本語からこちらの言葉にカバーされた途端に、楽曲が軽くなるのだ。重量級から軽量級に受け継がれている感じだ。誤解の無いように申し上げておくが、私はカバー曲を批判しているのでは全くない。現象として述べているに過ぎない。むしろ、日本の楽曲を世界に広げて、台湾の皆さんが歌い継いでくれていることに感謝とリスペクトをしているくらいだ。小虎隊さんが青春感満載でこんなふうに軽やかに歌い上げているのも、これはこれで良いと思う。本日のお別れの曲は、長渕剛さんの『とんぼ』の北京語のカバー曲で、小虎隊さんの歌った『紅蜻蜓(赤とんぼ)』。
Rti 台湾国際放送
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