<第1セクション:「在地」「民間」「輪班」の台南発祥の音楽フェスティバル>
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リスナーの皆さん、こんばんは。本日は10月5日(土)に、台南の安平で行われた『南吼音樂季(南吼音楽フェスティバル)』について、紹介していきたい。このフェスティバルは、海沿いにオランダ人が建てたゼーランディア城(安平古堡)のある「安平」という場所から第1回目がスタートした。2021年は新型コロナウィルスの影響で、2023年は台風の影響で途中2回の中止があったが、今年で12年目第10回の開催となった。私の所属する「八得力樂團(バッテリー)」も、一昨年に続いて2回目の出演(4回目の招待:上述の通り2021年と昨年の回は中止)となり、トップバッターを務めた。
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このフェスティバルの特徴は何と言っても「民間(民間の力)」「在地(地元密着)」「輪班(持ち回り)」での開催であるということだ。以前も述べたことがあるが、台湾では文化活動に対しての政府のサポートが非常に手厚い環境にある。多くの音楽フェスティバルは、政府からの補助金を頼りにして実施しているのが現状である。だが、南吼音楽フェスティバルは、政府からの補助は一切受けず、台南の各地区が毎年持ち回りで民間資金を集めて主催している。これはなかなかできることではない。台南は多くの寺や廟があることで有名だが、これらの寺廟とも連携して「小南吼」と呼ばれるミニコンサートを事前に何度か開催してウォーミングアップをしながら、フェスティバルの本番に向けて地元の機運を盛り上げていく方式も注目に値する。
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そして、この南吼音楽フェスティバルの「靈魂人物(中心人物)」が、2013年に台湾語のアルバム『台南』で、台湾のグラミー賞と言われる「金曲奨」の最優秀台湾語アルバム賞と最優秀台湾語男性歌手賞をダブル受賞した謝銘祐(シエ・ミンヨウ)さんである。このフェスの大トリは、毎年謝さん率いる「麵包車樂團(ワゴン車バンド)」と決まっている。「麵包車」は、楽器や機材をワゴン車に積み込み、先ほど述べたミニコンサート「小南吼」での巡回ライブを行なっているほか、台湾各地の養老院や福祉施設をワゴン車で巡って歌と笑顔を届けているバンドだ。謝銘祐さんとその仲間がメンバーを構成する麵包車は、南吼音楽フェスティバルの創立から全面的にこのフェスを支え続けており、地元に密着した活動は敬服に値する。
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今回の会場となった「白鷺灣社區前大草埔(白鷺湾コミュニティ前の草広場)」は、台湾では「社區」と呼ばれる場所は、普通は「コミュニティー」と訳されることが多いが、実際は大型マンションだったり、団地だったり、町内会だったりし、一定のまとまった地区の住宅街を指す。会場となった白鷺湾コミュニティ前の草地の広場では、各バンドのCDや周辺商品を販売するブースのほか、飲み物や食べ物を提供する屋台やワゴンカーも並び、フェスティバルを一緒に盛り上げてくれていた。また協賛者からは、出演者に対してビールや飲料の無料提供もあり、暑い野外では、演者にとってはこれは大変ありがたかった。
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観客もレジャーシートや折り畳みのレジャー椅子を持ち込んだり、そのまま草地に座ったり、寝そべったりして、めいめいが好きなスタイルで、好きなバンドの音楽を楽しむという本当に自由な雰囲気の音楽フェスティバルで、パフォーマーにとってものびのびと演奏できる素晴らしい環境だった。
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ここで南吼音楽フェスティバルの「靈魂人物」である謝銘祐(シエ・ミンヨウ)さんの歌で『行(行く)』をOA。この曲は先ほど紹介した「金曲奨」の最優秀台湾語アルバム賞と最優秀台湾語男性歌手賞をダブル受賞したアルバム『台南』に収められている楽曲で、自分の人生のこれまでの歩みを振り返り、これからの歩みを見つめる人生の応援歌で、謝さんの作品で私の最も好きな曲の一つ。この曲を聴きながら、新型コロナや台風で途中2回の中止を挟みながらも、南吼音楽フェスティバルが歩んで来た12年10回の道のりに思いを馳せ、敬意を表したい。
<第2セクション:『南吼音樂季』の多彩な出演者>
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今年の南吼音楽フェスティバルでは、ほとんどの出演者が台風で中止となった昨年の出演予定者が繰り越される形となったが、それに加えて、日本からも沖縄の宜野座をベースとし、素潜りの漁師で現在は地元の漁業組合の組合長も務めるミナトさんが率いる「ミナトtheオーケストラ」も出演した。実はミナトさんとギタリストの仲間勇太さんとは、私も司会兼通訳で関わっていた台湾の東海岸と沖縄の音楽交流プログラム「島嶼音樂季(島の音楽フェスティバル)」で、2016年、2017年にご一緒したことがあるので、今回は実に7年ぶりの再会となった。「ミナトtheオーケストラ」の演奏は、フォークをベースにちょっとジャジーで、ちょっとパンクな、相変わらずのご機嫌な音楽だった。台南安平の地に暑くて爽やかな沖縄の一陣の風を運んでくれた。
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私のバンドの八得力樂團も、一昨年の台南信義街に続いて2回目の南吼音楽フェスティバルの出演となった。前回の会場、信義街の旧跡「兌悅門」前での狭いスペースでのぎゅうぎゅう詰めの熱気あふれるステージも最高だったが、海風が吹き渡る広々とした草地での開放的なステージも甲乙が付け難いほど素敵だった。トップバッターを務めた今回も、ステージから客席に降りて盆踊りをモチーフとした「戀戀關仔嶺(関仔嶺恋々)」やダンス曲「青春迪斯可(青春ディスコ)」を観客の皆さんと一緒に踊って歌えたのは、実に楽しかった。また、歌舞伎や人形浄瑠璃の「国性爺合戦」のモデルともなり、400年前にオランダの統治を終わらせ、台南一帯を統治した「国姓爺」こと鄭成功をモチーフにした「國姓爺風雲」を、鄭成功が初めて上陸し、この地の統治が始まった安平の地で歌えたことも実に感慨深かった。ここで、現場の雰囲気をリスナーの皆さんにも感じていただきたいので、当日の八得力樂團の「國姓爺風雲」の演奏の一部をお聴きいただきたい。
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次にご紹介したいのは「農村武装青年」さんだ。2007年に設立されたメインボーカルの阿達(アダー、本名:江育達)率いるこのバンドは、台湾の社会運動の議論の現場に出現しては、台湾語に乗せたフォークでこの土地に対する愛や慈しみをストレートに訴える社会派のバンドだ。私も以前彼らと同じイベントに出演したことがあったが、今回のステージでは、軸のブレない彼らの熱量のあるステージに改めて感服させられた。2018年にはアルバム『根』で「金曲奨」の最優秀台湾語アルバム賞にノミネートもされている実力派でもある。
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続いて視覚障害がいを持ちながらも、溌剌としたピアノの弾き語りのステージを展開してくれた王俊傑さん。台湾ポップスのアレンジャー、音楽プロデューサーとしても知られ、歌手で俳優の蔡振南(ツァイ・ジェンナン)さん、歌手でプロデューサーの許景淳(シュィ・ジンチュン)さん、台湾語フォークの大御所でプロデューサー陳明章(チェン・ミンジャン)さんらともコラボを重ねている。2013年には「金曲奨」の最優秀台湾語歌手賞にノミネートされ、9年後の2022年にはついにこの章を受賞している。ステージトークも抜群で生粋のエンターテイナーだ。
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「麵包車樂團」とこのバンドを率いる謝銘祐さんについては、これまでにも述べてきたので紹介は割愛するが、トリの2つのステージを務めたのは、どちらも人気・実力ともピカイチの俳優・陳竹昇(チェン・ジューション)さん、そして林美秀(リン・メイシウ)さんだ。お二人とも映画やドラマの名脇役として台湾のお茶の間で知らない人はいないと言って良いだろう。実はこのお二人とは『消失的情人節(邦題:1秒先の彼女)』で、私も共演させてもらっている。竹昇さんはDJモザイク、美秀さんは郵便局の客、私は謎の和尚の役だった。
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それはさて置き、この二人の名優のそれぞれのアルバムをプロデュースしたのが、先ほどから南吼音楽フェスティバルの中心人部として紹介してきた謝銘祐さんだ。お二人とも俳優らしく、ステージの語りも軽妙で華のあるステージを繰り広げ、客席のノリも最高潮に達した。今年の南吼音楽フェスティバルも、きっと多くの皆さんの心に刻まれたことだろう。
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ここで、先ほどご紹介した農村武装青年さんのアルバム『根』から『無量』をOA。虚々実々入り混じるこの世界の天地万物に身を委ねつつも、慈悲の心を持ち続けたいという、仏教の世界観も垣間見えるスケールの大きな1曲。
<第3セクション:『南吼音樂季』来年の開催地は高雄の蚵仔寮>
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来年の南吼音楽フェスティバルは、初めて台南の地を離れ、高雄の蚵仔寮で開催されることとなった。高雄北部に位置し、名前の通り元々は牡蠣の養殖が盛んだった港町だ。この地の牡蠣の養殖は清朝から始まっていた。しかしながら、日本統治時代に軍用地となったことに加え、波による侵食もあり、牡蠣の養殖棚は年々消失し、今では地名だけにその痕跡を留めている。今はむしろ高級食材カラスミの産地や魚市場として名高い場所で、2012年には「魅力ある十大漁港」で第一位に選出もされている。
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来年の南吼音楽フェスティバルにも、私やバンドがお声がけいただけるかどうかは定かではないが、蚵仔寮は行ったことがないので、これを機にぜひ訪れてみたい。そして、13年目11回の開催を迎える南吼音楽フェスティバルが、台南の時とは違うどんな顔を見せてくれるのか、しっかりと見届けてきたい。本日のお別れの曲は、林美秀(リン・メイシウ)さんの歌で『來春(ライツゥン)』。曲名は美秀さんの母親の胡來春の名前から採られたそうだ。母親の子育ての苦楽を歌ったハートフルな1曲で、今回の南吼音楽フェスティバルでも披露され、心に残った曲。
Rti 台湾国際放送
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