<第1セクション:なぜ「和っ祭」?なぜ花蓮?>
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今日は旧暦の8月13日。台湾ではあと二日で十五夜の「中秋節」を迎える。街のお菓子屋さんやケーキ屋さんでは、月餅のセールスにもますます熱を帯びて来ている。熱を帯びると言えば、先月のことになるが、8月25日に花蓮文化創意産業園区で、和太鼓の演奏と出店を中心に日本の夏祭りをイメージした「和っ祭」が開催された。お天気と多くの観客にも恵まれ、灼熱の太陽が照りつける中、熱のこもったステージの連続に、客席からは何度も熱烈な拍手が沸き起こった。会場に足を運んでくださった観客の皆さん、イベントを共催した花蓮市役所、会場の花蓮文化創意産業園区の皆さんにも大変喜んでいただけた。
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そもそも「和っ祭」とはどういうイベントで、なぜこのイベントを開催しようとしたのか?「和っ祭」の発案者、ファウンダーで、「和っ祭」実行委員会代表のYouTuber・Iku老師は次のように語っている。
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「現在、台湾では様々な日本イベントが開かれています。しかし、その多くはグルメや観光、商品の紹介等を主な目的とした内容で、純粋に日本の伝統芸能を楽しむ、いわゆる「お祭り」がまだまだ少ないと気づきました。そこで日本の和太鼓チームと台湾で活動する和太鼓のプロフェッショナルチーム、そして獅子舞や三味線の先生を招いて、日本の心である太鼓や民族舞踊をメインにしたイベントを企画しました。」
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確かにグルメや観光や商品に絡めての日本関連のイベントは、毎年数十回単位で台湾では開催されている。その中で和太鼓や音楽の演奏も行われてはいるが、あくまでもイベントに花を添える「鳴り物」という立ち位置の場合がほとんどで、最初から伝統芸能や和太鼓をメインに打ち出したイベントというのは、極めて限られるのが実情だ。私自身もさまざまなイベントからお声掛けいただき、出演させていただいている人間であり、そのことは身に染みて理解できる。次にIku老師は「和っ祭」というイベント名の由来について、こう解説してくれている。
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「和祭(WA SSAI)という名前は、日本の和を感じ、台湾と日本の輪を楽しみ、そして、来てくれた方に台湾語で「(WA SSAI)」と驚きの声をあげてほしいと思い、この名前にしました。自身が学生時代から学んできた和太鼓を通じて、日台の交流を促進し、日本を愛する台湾の人々に新たな日本の魅力を発見してもらいたいと考えています。」
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台湾語で「哇噻(WA SSAI)」というのは、驚嘆の声を上げるときに発する声で、日本語では「すごい」、今の若者言葉では「ヤバい」という感じで使われる。まさに「和」の「祭」の「和っ祭」という日本語と「すごい」という意味の台湾語の掛け言葉ともなっている。さらに言えば、お祭りでお神輿を担ぐ時の掛け声「わっしょい」にも似ている。さまざまなことを想起させてくれる抜群のネーミングだと思う。
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では、人がより多く集まることが確実な台北、台中、高雄などの大都市ではなく、なぜ人口が限られ、集客が見込まれにくい東海岸の花蓮で開催しようとしたのか?この点もIku老師自らの言葉で説明していただこう。
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「第一回の開催地は「花蓮」です。2024年4月3日に起きたマグニチュード7.2の地震の後、観光地である花蓮では観光客が激減し、悲鳴をあげています。現在、花蓮市政府の協力を得て、イベントには日本の出店だけでなく、地元花蓮の屋台も多く招く計画を進めています。このイベントで地震後の花蓮に元気を届け、現地の人々の心を癒すとともに、動画や写真でのPRを大々的に行い、少しでも花蓮の観光を促進したいと考えています。」
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花蓮では4月の地震のあと7月下旬にも台風の直撃を受け、土砂崩れのため、再び鉄道や道路が寸断され、不通となる時期が続いた。台北から北回りで花蓮に入る際には、台湾鉄道と宜蘭の蘇澳と花蓮を結ぶ「蘇花公路」が一本ずつしか通っておらず、ここが寸断されると流通や観光の足が完全に止まる。台風が来る直前の7月に事前打ち合わせで花蓮を訪れた際に、飲食業や旅行業に携わっている知人たちは、口々に通常営業時の1〜2割程度しか売り上げがないと嘆いていた。観光業が主要産業の花蓮にとっては、地震、台風と立て続けに自然災害に見舞われ、まさに「泣きっ面に蜂」の状態だったのである。Iku老師はさらにこう続けてくれた。
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「東日本大震災、令和6年能登半島地震の際、台湾から日本へは信じられないほどの支援をいただきました。少しでもお返しをしたいと思い、花蓮市政府へ連絡をし、開催を決定しました。」
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これは裏話になるが、6月にIku老師と実行委員の一人、書道家のsoyamaxさんが花蓮市役所を訪れた際に、当初は担当者だけで話を聞くということだったのが、当日市役所での会議には、思いも寄らず魏嘉彦(ウェイ・ジアイェン/ぎ・かげん)市長自らも参加し、その場で花蓮市も共催することを決定、会場と音響設備も含む舞台、出店の屋台等のハード施設を無償で提供してくれることを決定してくれたのだという。この打てば響くようなIku老師と花蓮市側とのコール・アンド・レスポンスというか、阿吽の呼吸も見事だが、即断即決のこの速さは、台湾ならではである。
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「和っ祭」では、私も実行委員会のメンバーの一人に名を連ね、8月25日の当日はバンドの八得力樂團(バッテリー)としても出演した。ここで、八得力樂團(バッテリー)の演奏で、花蓮県の玉里鎮にある名湯・安通温泉の主題歌『安通温泉行進曲』(華語版)を当日の会場の音源からOA。
<第2セクション:「和っ祭」の主な出演者>
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さて、続いて主な「和っ祭」の出演者を紹介していこう。
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まずは和っ祭ファウンダーのIku老師が、東京から招聘した太鼓グループ「三宝会」。2007年に設立されたプロフェッショナルの太鼓集団。今回はオープニングの「三宝会」としての単独の演奏のほかに、台湾の地元の太鼓チーム「奏流Taiwan」との太鼓の共演、民族技芸団「洄瀾境」との日台の獅子舞の競演、書道家soyamaxさんの大筆パフォーマンスの際のバックグラウンド演奏、観客に対しての「三宅太鼓」の体験ワークショップ、エンディングでの全出演者による合奏等、獅子奮迅の活躍だった。
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続いて新竹を拠点に、ご縁があればどこにでも赴くとの精神のもと、日本と台湾、ひいては他のアジア諸国や欧米でも活躍する書道家のsoyamaxこと、曽山尚幸さん。今回は大筆によるパフォーマンスで「花蓮加油(花蓮がんばれ)」の四文字を披露し、花蓮市に贈呈した。書き終えた際には、会場から大きな拍手が沸き起こった。
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また、台湾で華語を駆使して漫才やスタンドアップ・コメディの世界で大活躍中の吉本のお笑い芸人・漫才ぼんぼんの三木さん、太田さんのお二人も、お忙しい日程の中会場に駆けつけてくれた。日本と台湾の生活文化の違いをネタにペーソスの効いた話芸は、花蓮でも相変わらず会場を爆笑の渦に包んでいた。
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次に、台北を拠点に全台湾で活躍する和太鼓グループ「奏流Taiwan」。日本の和太鼓奏者・古立ケンジさんに師事する台湾在住のメンバーによって結成された。グループ名の「奏流」の「奏」は太鼓の「節奏(リズム)」を表し、「流」は観客との「交流」を表し、生命力あふれるパフォーマンスを通じて和太鼓の文化や精神を伝えることを目指している。今回も斬新なオリジナル曲を中心の演奏のほか、「奏流Taiwan」のメンバーで「和太鼓熊組」を主宰する熊谷新之助さんの依頼で私が作詞・作曲した『花舞』を八得力樂團とのコラボでも披露した。
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このほかにも、津軽三味線奏者で屏東県在住の志甫一成さん、花蓮地元の民族技芸団で獅子舞を披露してくれた「洄瀾境(「洄瀾」は花蓮の旧名で川から流れ出て海に注ぐ水が渦巻く時に発する擬声音)」、こちらも地元の宜昌小学校の打楽器楽団のメンバーが、それぞれ素晴らしいステージを務め、イベントを盛り上げてくれた。
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では、ここで今回八得力樂團が、和太鼓チーム「奏流Taiwan」さんとコラボで演奏したオリジナル曲『花舞』を会場の音源から OA。
<第3セクション:そして「和っ祭」は続く>
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「和っ祭」に関する報道。聯合報、中国時報、花蓮日報、更生日報、花蓮新聞網、花蓮電子報、そして我れらがRti台湾国際放送の7つのメディアで報道されている。日本のパフォーマーたちが花蓮の応援に来てくれたとの文脈で、概ね好意的な評価だった。地元の花蓮電子報の記事から抜粋してその内容をお伝えする。
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「0403大地震の花蓮観光の復興に思うところのあった著名YouTuberのIku老師率いるグループと花蓮市役所とのコラボにより共同で企画したこのイベントは、花蓮の観光と経済の活性化を願い、日本の演奏団体が主体的に参加を表明したものである。日本の311大地震の際に台湾が日本に差し伸ばしたことに対するお礼として、この機会に日台友好を実現しようとした。」
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「魏嘉彦花蓮市長は、Iku老師とそのチームが花蓮に来てこのイベントを行い、花蓮への支援を表明してくれたことに対して感謝の意を述べた。また、今回のイベントを通じて、花蓮市民が日本の伝統芸能の魅力を深く理解し、と同時に日台文化の相互交流の感動にどっぷりと浸かってもらうことを期待したい。そして、さらに多くのイベントが花蓮で開催されることで、花蓮がどんどんと良くなっていくことを期待したいと述べた。」
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実は、今回の「和っ祭」開催前にファウンダーのIku老師は次のように述べていた。「第一回は日本の太鼓と、台湾の太鼓のコラボレーションを達成し、台湾の人に実際に叩いてもらいたいと考えています。このイベントが成功したら、いずれはアイヌの踊り、ねぶた、阿波踊り、エイサーなど、日本各地の伝統芸能を一箇所で体験できる大きなお祭りにしたいと考えています。皆様にご協力いただけたら幸いです。」
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Iku老師は、最初から「和っ祭」を1回限りで終わらせるつもりは毛頭もなかったのだ。そして、和っ祭が終わった後で魏嘉彦花蓮市長からは、Iku老師に対して「来年もぜひ一緒にやりましょう」とお声掛けをいただいた。これはこの企画、そして演者に対する最大級の賛辞として受け取って良いだろう。花蓮の皆さんを勇気づけたいとの実行委員会のメンバーの思いは確かに受け取っていただけたようだ。来年のことはまだ白紙だが、「和っ祭」きっとこれからも続いていく。私もその実現に微力を尽くしたい。
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本日のお別れの曲は、これも八得力樂團の演奏で「和っ祭」の会場での音源から『笑容的禮物(笑顔の贈り物)』。八得力のライブでは、オープニングの挨拶代わりにいつも歌っている1曲。笑顔はプライスレスの贈り物だという思いを込めて作った歌。八得力のメンバーは、たとえ道路や鉄道が通っていなくても、フェリーを使ってでも、西海岸を通って南回りでも、何としても花蓮に行って笑顔を届けたいという思いだった。「和っ祭」を通じて、笑顔をたくさん届けられたことが、和っ祭に出演したメンバーにとっては何より嬉しいこと。
Rti 台湾国際放送
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