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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」) - 2024-08-25-ドラマ『聽海湧』の現場から

  • 25 August, 2024
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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」)

<第1セクション:ドラマの脚本の日本語訳の話が舞い込む>

  • 本日は先週から放送が始まった公視テレビのドラマ『聽海湧』について、少し詳しくお話ししていきたい。もう2年も前のことだ。映像プロデューサーの林佳儒さんから、どこでどう私のことを聞きつけたのか、時代物のあるドラマの脚本の日本語訳をお願いできないかとの話が舞い込んできた。日本から出演する俳優もいるので、脚本全体を日本語に翻訳する必要があるとのことだった。

  • この作品は、第二次世界大戦前後に、当時の北ボルネオ(現ブルネイ)にあった日本軍の戦争捕虜収容所が舞台で、タイトルを『聽海湧』といった。秋の音楽のパフォーマンス系の仕事の掻き入れ時ではあったが、作品のシノプシス(あらすじ)を読んだだけで面白そうと感じた私は、躊躇なくこの仕事を引き受けた。現在この作品は『海の音色』という邦題が付いている。この邦題は少しメルヘンチックで可愛すぎるんじゃないかと感じた私は、『海鳴り』の方が緊迫感あるこの作品の内容に合っていると思い、そのように仮題を付けていたのだが、それは却下となったことは後日譚として触れておこう。

  • しかし、6万字、全5話で5時間分にも及ぶ作品の翻訳を、他の仕事も抱えながら3週間で仕上げるのはやや無謀に思えたが、とにかく脚本の力といったら良いのだろうか、物語とそれぞれの登場人物のキャラクターに引き込まれるように、昼夜を問わず作業に打ち込んだ結果、締切日を待たずに完成させることができた。これは自分が俳優であることと関係していると個人的には分析しているのだが、登場人物一人一人に入り込むと、中国語で書かれている台詞がスッと日本語に変換されて、まさに彼ら登場人物が勝手に会話を始めるというような感じで、どんどんと作業が進行していくのだ。質の高い作品の翻訳は実に楽しい。

  • とはいえ、この作品のテーマは相当重い。戦前、日本の領土だった台湾からは、日本の軍属の監視員という立場で、多くの台湾の若者が南洋の戦地に送られた。『聽海湧』の舞台となった北ボルネオにも、日本の苗字を新海(しんかい)と名乗る台湾南部の海辺の町出身の仲の良い三兄弟と思しき若者が、日本軍の戦争捕虜収容所に派遣される。この三人がこのドラマの主人公である。長男の新海輝(しんかいあきら)は、捕虜に対する毅然たる態度が上官に認められ、間も無く軍属から兵士の二等兵に昇格する。当時、現地では日本の“内地”から派遣されたいわゆる”純粋な”日本兵と軍属に過ぎない台湾人の監視員の間には、階級差という表面的な格差だけではなく、厳然たる身分の区別が存在していた。新海輝は自らの昇官、位が上がることを“日本人”として一兵卒として光栄には感じつつも、台湾出身の監視員との間にできた溝に密かな葛藤を強いられることとなる。

  • そして、この物語の筆頭の主人公となる新海志遠(しんかいしおん)は、その裏返しで兄の輝の昇官を喜びながらも、遠くなった兄の背中を見ながら苛立ちと寂しさを感じている。生来、心根が優しい志遠は、従軍する前に恋人の櫻子から「あなたに人殺せるの?」と軍人には向いていないことを指摘されていた。案の定、捕虜収容所で脱走兵を発見したのにも関わらず、銃の引き金を引くことが出来ず、取り逃しそうになる。上官からは厳しくそのことを咎められる。そして、捕虜の一人で、どことなく恋人の櫻子の面影を残す中華民国北ボルネオ州領事夫人の何景儀(ホー・ジンイー)にほのかな思慕を寄せる。乳飲子を抱えていた何景儀に、こっそり食糧を手渡したりもした。その一方、志遠は収容所に臨時の滑走路を作るローラー工事の指揮中に、何景儀の夫で中華民国北ボルネオ州領事の羅進福(ルオ・ジンフー)の指を2本切断する大怪我を負わせてしまう。そして、戦後の臨時軍事法廷では、羅進福から捕虜虐待の告発を受けることとなってしまうのだった。

  • そして、三兄弟の末っ子、年齢を偽り従軍していた新海木德(しんかいきとく)は、見た目もまだ年端も行かない少年だった。二人の兄たちからは可愛がられていたが、戦場の捕虜監視員という立場は、やはり荷が重かった。自分より遥かに背が高く、体格の良いオーストラリア兵の捕虜たちからは小馬鹿にされ、それが故に上官からも厳しく指導を受け、それに応えようと捕虜を必要以上に痛めつけてしまうという悪循環に陥ってしまう。木德は収容所に聳える椰子の木の下に立ち、遠くから響いてくる「海鳴り」を聞くのが好きだった。それはまるで故郷の台湾南部の浜辺で聞こえてくる波の音のようだった。では、ここでこのドラマとは直接関係はないが、海の音を聴くというモチーフの歌から張惠妹 A-Mei さんの歌で『聽海』をOA。

<第2セクション:日本から派遣された弁護士団団長役でオファーを受ける>

  • さて、前節では私が『聽海湧』の台本を翻訳した経緯と三人の主人公である台湾出身の監視員の話をしたが、この作品では私もキャストの末席で出演している。戦後に戦争捕虜収容所のあった場所は、そのまま看板がすげ替えられ、連合軍、と言っても実際には地理的な関係からオーストラリア軍が所管する臨時軍事法廷となっていた。私の役柄は、その北ボルネオの臨時軍事法廷で主にB級、C級戦犯の嫌疑で身柄を拘束されていた日本兵を一人でも多く故郷の家族の元へ送り返してあげたいと願う、日本側弁護団団長の高橋庄治郎だ。

  • 実は脚本の翻訳を進めていた時には、戦争捕虜収容所の指揮官の田中徹の役をいただけたらという思いを密かに持っていた私は、コロナ禍でのビデオオーディションの際に、実はこの指揮官の役に応募したのだった。しかしながら、その後プロデューサー林佳儒さんから連絡があり、孫介珩監督からの意向で、私の風貌や語り口は弁護士団団長の高橋のイメージにむしろピッタリだという話となり、結局この役を有り難くいただくこととなった。

  • 今回の私の登場シーンの撮影期間は、2023年3月上旬から4月中旬までの1か月以上に及び、主な撮影地であった高雄、台東と住まいのある台北を何度も往復しながら、文字通り全身全霊で臨んだ作品となった。映画やドラマの撮影では、通常俳優は自分の登場するシーンと関係する部分だけのシナリオを渡され、極端なことを言えば、主役クラスでない限り、作品の物語の構造や前後のシーンもまったくわからないまま、自分の役柄だけ、登場するシーンだけを演じて終わりということも少なくない。

  • 2020年の金馬奨五冠に輝いた『消失的情人節(邦題:1秒先の彼女)』に私が出演した際には、家族の元から突如失踪した主人公の父親の親友の謎の和尚役をいただき撮影に臨んだのだが、映画館での試写会に呼ばれて完成した作品を観るまでは、まさかあのようなあらすじの作品だとは知る由もなかった。とは言え、金馬奨という中華圏最高峰の映画祭で高い評価を受けた作品に出演できただけでも、俳優としては御の字、大いに箔が付き有難いことには違いない。

  • さて、話を『聽海湧』に戻す。今回は作品全体の翻訳を自分が手がけたこともあって、物語の一部始終、登場人物の台詞の一字一句までをすべて理解した上で、自分の役作りができた。これはかつてない経験だった。端的に言えば、作品の全体像を俯瞰した上で、自分に与えられた役の立ち位置や登場人物の思い、性格を十分検討を重ねた上で理性的に設定、準備できたのは、俳優としてはとても有利な状況だったのではないかと思う。そして、今回キャスティングされた俳優の皆さんは、いずれも役柄にとっても合っていて、また演技力のある方々ばかりだった。上手い役者と芝居をすると、自分も相手に引っ張られて良い演技が引き出され、結果として納得のいく芝居ができることが多い。そう言えば、スキルのある上手い選手たちと一緒にサッカーをした時にも、自分のプレーの質が格段に向上したことがあった。

  • 10年ほど前になるが、サッカー日本代表でプレミアリーグやブンデスリーガでも活躍した岡崎慎司選手のお兄さんの岡崎嵩弘(たかひろ)さんと、なぜか台湾大学でフットサルをしたことがあった。嵩弘さんもかつてブラジルに渡ったこともある優秀なサッカー選手だ。その時、私は僅か10分ほどの出場時間で2ゴールを決めたのだが、どちらも嵩弘さんが、もうここしかないというところに美味しいパスを出してくださったので、私は「ご馳走様」と言ってゴールを決めるだけの状況だった。

  • 演劇や撮影の現場でも、多々こういうことが起こる。主役の新海輝役の黄冠智さん、新海志遠役の吳翰林さん、軍事法廷で敵対するオーストラリア軍所属の検察官ウィリアム役の周厚安さん、日本軍司令官・田中徹役の塚原大助さん、弁護士団の部下の小林役の岡本孝さん、渡邊役の松大航也さん、皆さんの素晴らしい演技によって、私は自分の持っている力を最大限に引き出していただけたように思う。

  • また、『聽海湧』はスタッフの皆さんも素晴らしかった。孫介珩(スン・ジエヘン)監督は情熱を内に秘めた方で、忍耐強く俳優の演技を最大限引き出してくれたし、プロデューサーの林佳儒(リン・ジアルゥ)さんは安定感があり、大変目配りの利く方で、現場全体を落ち着かせてくれた。撮影監督のダニー・ワンさんのカメラワークも、俳優の魅力を目一杯引き出してくれた。通訳のKimiさんの語学力、コミュニケーション能力の高さもピカイチだった。多くの日本人俳優が、現場でのコミュニケーションで彼女に救われたはずだ。美術、衣装、化粧、照明…皆さん若いスタッフばかりだったが、どなたもプロフェッショナルで、本当に現場の雰囲気は大変良かった。現場の雰囲気が良かったチームの作品は、いつも思うのだが完成された作品も間違いなく上等だ。忘れてならないのは、蔡雨氛(ツァイ・ユィフェン)さんの完成度の高い脚本の存在だ。この作品に出演できた誰もが幸せに感じたはずだ。

  • では、ここで滅火器/Fire EX.さんの歌で、台湾では「桌遊」と呼ばれるボードゲーム「高雄大空襲 Raid on Takao 」の主題歌『一九四五 1945』を OA。この曲を選んだのは、『聽海湧』の主人公の三兄弟がおそらく高雄の海辺の町と思われる台湾南部の出身だったからだ。

 

<第3セクション:『聽海湧』金鐘奨の賞レースにも期待>

  • この作品について、孫介珩(スン・ジエヘン)監督は『遠見』雑誌の取材に対してこのように答えていたことがある。「北ボルネオ州に送られた彼らは、終戦を知らなかった可能性もある。故郷に戻れない状況で、結果の見えない裁判と向き合わねばならなかったことは、想像に絶する状況であった」と述べつつ、歴史の教科書からは読み解くことのできない、失われた歴史の一面を可視化することが、この作品を通じて伝えたかったことであると紹介されていた。これまで取り上げられることのほとんどなかった、歴史に埋もれていたテーマを浮き彫りにしたこの作品の意義は大きい。

  • 昨日で『聽海湧』全5話の内、第4話までの放送が終わった。残るは来週土曜日の最終話の5話のみである。この作品は今年の3月にフランス北部の街、リールで行われた国際的なドラマ賞展「Series Maniaドラマ映像展」にも、台湾からは唯一ノミネートされた。フランスでの世界プレミア上映を終えた後、孫監督は次のように述べていた。「戦争の痛みは国境を越える。海外の観客の皆さんも自分がこの物語を通じて伝えたかった核心を完全に理解してくれたことで、私もホッとした。」

  • この作品では、登場人物のいずれかの立場に立脚して、彼らの行為が正しい、正しくないと断じることは一切していない。戦争という大きな状況下で、当時の歴史的文脈の中で、登場人物のそれぞれが信じ行ったことを極めて客観的な筆致で描いている。それが観る者に多くの問いを投げかけ、心に刺さる作品となっている理由ではないかとも思う。6月の台北映画祭でのアジア・プレミア上映の際も、先日8月13日に台北で行われたメディア向け上映会の際にも、前向きな評価や本当に多くの励ましをいただいた。改めてコメントをくださった方々に感謝したい。今後は台湾のエミー賞と呼ばれる金鐘奨でも多くの賞を獲得してくれることを願っている。個人的には作品賞、脚本賞、監督賞、撮影賞に期待している。今週末の最終話の衝撃的な結末はいかに?ぜひ楽しみにしていただきたい。

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