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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」) 」- 2024-08-04-台湾三大吟遊詩人コンサート:胡德夫、陳永淘、陳明章

  • 04 August, 2024
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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」)
胡德夫/Kimbo(左)、陳永淘/A-Tao(中)、陳明章(右)の各氏(写真:中央社提供)

<第1セクション:吟遊詩人①胡德夫(Kimbo)さん>

  • 本日は1年半前の2022年12月30日に行われた台湾の「三大吟遊詩人コンサート」に出演した3人のアーティストについて紹介していきたい。このコンサートは、台東の大武山麓の出身、原住民族」プユマ族とパイワン族の両方の血を引くの胡德夫(Kimbo)さん、新竹県関西鎮出身で客家の歌者(うたしゃ)・陳永淘(アタオ)さん、台北の北投出身で台湾の伝統音楽に精通し、多くの台湾語のヒット曲や映画音楽をも生み出し続けている陳明章さんという、現代の台湾を代表する3人のシンガーソングライターによる合同コンサートだった。

  • 残念ながら私自身はこのコンサートをライブで聴くチャンスには恵まれなかったが、最近、ご縁があってこのコンサートに出演した「吟遊詩人」のお一人、客家の陳永淘さんの新作アルバム収録曲の歌詞や創作背景の日本語訳を担当するご縁に恵まれた。これがきっかけとなり、陳永淘さん、愛称阿淘(アタオ)さんのこれまでの活動を調べていくうちに、冒頭に話した「三大吟遊詩人コンサート」の招聘アーティストのお一人として、アタオさんが出演していたということを知ったのだった。

  • 出演者のうち最年長で長男格の胡德夫(Kimbo)さんは、コンサートの2か月ほど前に中央社の取材に対してこう答えている。「今回のコンサートの標題(三大吟遊詩人)は、3人の創作スタイルに大変合っている。あちこちを自分の足で歩き回ることで、その土地の感動を歌にすることができるんだ。創作のプロセスでは一切の制限を設けない。今までのリハーサルでは、1曲に20通りのバージョンのアレンジが生まれるってこともあるんだ」。

  • さて、Kimboさんのことは、昨年9月の放送で詳しく紹介したので、ごく簡単におさらいしておきたい。Kimboさんは、台東の大武山麓の出身、原住民族」プユマ族とパイワン族の両方の血を引き、ピアノの弾き語りを得意とするシンガーソングライターだ。「台湾フォークソングの父」とも称されている。

  • Kimboさんは、兄の勧めで11歳からは台北郊外の淡水にある中高一貫教育を行っている淡江中学に通い、ここで音楽に目覚める。卒業後は、当時の文化人の溜まり場だった駐台湾コロンビア大使館付属カフェで、ライブ演奏をするようになった。ここで出会ったキャンパスフォークの騎手・李雙澤さんの勧めで、父方のルーツであるプユマ族の歌を母語で歌ったところ、喝采の嵐を受けた。「このことは台風のように私の脳裏を吹き抜けた。皆が欲していたのは実は自分たちの歌だったんだ」とKimboさんは悟ったそうだ。Kimboさんが残した名言「原住民の音楽が古い中でも最も古く、また前衛中の最前衛だ」は、この時の体験が出発点となっている。

  • その後、Kimboさんは、各地の原住民の古老たちを訪ねては、さまざまな民族の歌を学んでいく。やがて、自分とこの土地との結びつきが深まるにつれ、社会運動にも傾倒していく。「台湾原住民族権利促進会」を設立して自ら初代会長を務め、「歌声を通して原住民族の声を届ける」ことを理念とする社会運動のリーダーともなった。

  • 長らく音楽賞とは無縁だったKimboさんだったが、50代も半ばの2006年に、『太平洋的風(太平洋の風)』が「金曲奨(Golden Melody Awards)」で、ようやく最優秀作詞家賞と年間最優秀歌曲賞のダブル受賞を果たした。この曲は、聴覚障がいを持つ青年が台湾を自転車で一周するロードムービーで、その翌年大ヒットした映画『練習曲』の主題歌ともなり、台湾の『環島(台湾一周)』ブームの火付け役ともなった。

  • 今日は「三大吟遊詩人コンサート」の最後を締め括った1曲『美麗的稻穗(美しい稲穂)』をKimboさんの歌でお聴きいただきたいをOA。

<第2セクション:吟遊詩人②陳永淘(アタオ)さん>

  • 次にご紹介したいのが、今回このトピックを取り上げるきっかけとなった台湾客家のシンガーソングライターの陳永淘(アタオ)さんだ。アタオさんの新作アルバム『傳弦(伝承)』の前書きでは、巫露瑪(ウルマ)さんの名前で次のように紹介されている。

  • 「アタオは幼少期から音楽と踊りにあふれる家庭で育った。記憶の中の両親はいつも客間でレコードをかけては舞踏会を開いていた。子どもたちも会場の装飾を手伝った。天井には色とりどりのテープや万国旗、七色の球を取り付けた。ベビーパウダーを撒いた床の上を、滑るように行ったり来たりもした。こうして、アタオは子どもの頃からあらゆる音楽の旋律を耳にしたのだった。」西洋の流行歌やクラシック、日本の民謡や童謡なども聴きながら育ったようだ。その一方で、客家の伝統歌謡「山歌」の歌者でもあった祖父の影響も大きかった。こんなエピソードが残っている。

  • 「楽天家だった祖父は、下校時間になるといつも家の入口で待ってくれていた。遠目にアタオを見つけると、決まって大声で客家の伝統音楽の「山歌」を歌い始めるのだった。アタオにとってこれは幼少期の最も思い出深い出来事となっている」。

  • 高校時代に当時流行だったロックやフォークの影響を受け、ギターに触れるようになったアタオさんだったが、祖父が客家伝統歌謡の歌者だったことに加え、実はKimboさんの「唱自己的歌(自分自身の歌を歌う)」という精神に触発され、母語の客家語での創作に足を踏み入れることになったことを雑誌のインタビューで明かしている。

  • 祖父の米寿の誕生日の当日のエピソードである。祖父が大切にしていた客家の伝統楽器「椰胡」をアタオさんは祖父から突然贈られたそうだ。このサプライズの儀式に、アタオさんは心から感動した。音楽のスタイルのまったく異なるが祖父と孫、二人の魂が通じ合った瞬間だった。祖父はアタオさんに「椰胡」を「伝承」するとともに、客家語による音楽、客家文化の継承を託したのだった。

  • アタオさんは、「三大吟遊詩人コンサート」の開催前に、母語での創作する3人のステージについて、仮にお互いの言葉が聞いて理解できないとしても、母語は直接人の心に届く力を持っていると前置きした上で、次のように述べている。「母語の歌はビジネスのために創作するのではない。心の底から湧き出て来る歌なのだ。ちょうど母親が子どもに聴かせるようにね」。この言葉はこのコンサートを開催する大事な意味を代表しているようにも思う。

  • ではここで陳永淘(アタオ)さんの歌で『極楽』をOA。『極楽』は実は客家語で「独楽」のことを表すという。運命から逃れられず回転し続ける独楽の姿から、そこから解脱し自分が人生の主役とし生きることを問いかける歌だ。フレットレス月琴から繰り返し繰り出される旋律が、人生の無常を見事に表現している。アタオさんが「六十にして耳従う」の心境に到達した楽曲であるとのオフィシャルMVの解説にあったが、まさにそういうことだろう。

<第3セクション:吟遊詩人③陳明章さん>

  • 本日最後に紹介する三大吟遊詩人は、陳明章さんだ。陳明章さんの音楽についてはいずれ詳しく取り上げる予定なので、今回はごく簡単に紹介する。陳明章さんは台北の温泉地である北投出身の台湾のフォークシンガー、ギタリスト、台湾の月琴奏者、作曲家、プロデューサー。「新台語歌運動(新台湾語歌謡運動)」の先駆者でもあり、侯孝賢監督の映画『戀戀風塵』や『戯夢人生』の映画音楽、『追追追(追いかけて追いかけて追いかけて)』や『流浪到淡水(淡水への放浪)』などのヒット曲の作曲者として広く知られる。

  • 陳明章さんは、近年は伝統楽器の月琴奏者として、また月琴演奏の普及にも力を入れている。また、俗に言う「三金」(金馬奨、金曲奨、金鐘奨)を全て受賞しており、まさに現代の台湾の音楽シーンを代表するお一人、レジェンド級の音楽家と言って良いだろう。

  • 陳明章さんは「三大吟遊詩人コンサート」開催に当たり、このように述べている。「僕が本当に嬉しく思ってるのはね、つまり僕らが得意なのは歌うこと、そして物語を語ること、そして次の世代に僕らの世代はこうして楽しん出るんだよって伝えることなんだ。そうさ!これが大事なんだよ。」まずは自らが楽しみ、それを伝えていくというエンターティメントの極意を突いた至言だと思う。

  • 最後にこのコンサートの公式な宣伝文を紹介しておこう。「それぞれの母語で、山と海の声が響き渡る台東から、田舎の田園の詩歌が醸し出される新竹の関西、伝統芸能と「流し」が交錯する北投までをカバーし、台湾の戒厳時代から民主化の時代を駆け抜けた3人の恐れを知らぬ歌声は、同じ時代を生きた記録であるとともに、真実の台湾の風景を描き出している」

  • 「音楽は彼らの命である。彼らの歌は、多くのリスナーの人生の曲がり角で何度も慰めとなってくれたことだろう。無垢な時も、困難な時も、感情が昂った時も、仲睦まじい時も、悲しい時も、穏やかな時も、3人の歌に心を落ち着かせてもらったはずだ。そして、彼らは今も歌い続けている。飽きることなくこの島で起こったあなたや私の物語を語り続けている。そして、それは次の世代への栄養分となっている」ああ、かえすがえすもライブで聴きたかったなあ。

  • 本日はこのコンサートでも披露された曲で陳明章さんが歌った『再會吧!北投(さよなら!北投)』をOAしてお別れ。この曲は1967年頃、当時は花街で「流し」の文化も全盛期だった北投を描き、好評を博した同名のミュージカルのテーマ曲ともなっている。

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