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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」) - 2024-02-18-観音山の思い出と阿家(A-Ga)

  • 18 February, 2024
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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」)
観音山から台北市内を望む林助家(A-Ga)さん

<第1セクション【その昔、淡水富士とも呼ばれた観音山の魅力】>

  • 本日は台北郊外の観光スポットである観音山の魅力を、私の最も身近な音楽仲間であり、八得力樂團のバンマスでもある阿家(A-Ga)の創作した音楽を交えながらご紹介したい。

  • 観音山はMRT淡水信義線の終点淡水から、淡水河を挟んで向こう側に見える神々しい山である。行政区分としては、新北市の八里区と五股区に跨る場所に位置し、18の峰が連なる。最高峰の硬漢嶺は標高616メートル。その輪郭が観音様の横顔に似ていることから、観音山と呼ばれるようになった。観音山は「陽明山国家公園」の活火山、大屯山から連なる休火山。日本統治時代には「淡水富士」とも呼ばれ,「台湾八景」の一つにも数えられていたこともある。2002年以降は、観音山一帯は「陽明山国家公園」から切り離される形で「北海岸及び観音山風景園区」に指定されている。

  • 観音山には見どころがたくさんある。台湾の最南端で越冬する「赤腹鷹(アカハラダカ)」や「灰面鷲鷹(サシバ)」などの渡り鳥の猛禽類の中継地点として知られる。そして、これらの鳥たちの一部は春には日本へも向かう。2014年からは「觀音觀鷹(観音山で鷹を観る)」というイベントも毎年開催されるようになり、多くのバードウォッチャーを集めている。私の知人でもあり、観音山で長らくボランティアのツアーガイドをしている李育安さんによれば、観音山は台湾全土で見ても猛禽類が最も多く観察できる場所で、その数は30種類以上、同じ日の午前中だけで5、6種見たこともあるそうだ。

  • 2月〜11月には、観音山では蛍も見ることができる。台湾には60種類以上もの蛍が生息していて、観音山の位置する新北市だけでも20種類以上の蛍が観察されたとの報告もある。観音山の旗竿湖という場所に群生し、夜空を舞ったり、草葉に止まったりして、無数の黄緑色の仄かな灯りが点滅する光景はどれだけ幻想的なことだろう。私も幼少期を静岡県の浜松市の片田舎で育った私にとっては、近所の小川で蛍を追いかけた少年時代の記憶とも重なり、異郷にありながらノスタルジックを感じさせてくれる場所でもあるのだ。

  • 観音山では、6月〜8月に「緑竹筍」と呼ばれるタケノコが旬を迎える。このタケノコ、贔屓目無しにしてとても美味い。瑞々しく甘みがあり、程よい歯応えがあって、私の中では一番極上のタケノコということになっている。日本のタケノコは、米の研ぎ汁などと一緒に煮て、まずはアク抜きをしなければならないが、ここ観音山の「緑竹筍」はアクが無いので、水で茹でるだけで大丈夫なのも嬉しい。いろんな食材と炒めたり、煮込んだりしても美味しいのだが、一番このタケノコの旨みや甘みを感じられる食べ方は、茹でたものを冷やしてぶつ切りにし、刺身というか、サラダにしていただくことだ。

  • 台湾の皆さんはここに甘い台湾マヨネーズをたっぷりかけていただく。台湾に来た当初は、私はこの台湾マヨネーズが苦手だった。店に頼んで特別にわさび醤油を用意してもらい、それに浸けてこのタケノコの刺身を楽しんでいた。だが、台湾に来て18年経った今は、甘い台湾マヨネーズをお供にしないと、どうも物足りなく感じてしまうから不思議だ。

  • 観音山の山腹には台湾で「土鶏城」と呼ばれ、地鶏料理をメインにしたローカル・レストランがいくつもある。そして、「緑竹筍」季節になれば、どこのレストランでも美味しいタケノコ料理をいただくことができる。店によってはお土産で掘り立てのタケノコをお土産で売っているところもある。その中で私が度々、利用しているのは、「観音山旅客中心」から徒歩5分ほどのところにある「碧瑤山荘」というレストランである。このレストランで、かつて毎週末、十数年間もライブショーを行っていた流しの歌手で台湾語で創作もするシンガーソングライターがいる。それが、私も所属する八得力樂團(バッテリー)のバンドマスターの阿家(A-Ga)だった。私もその縁でこのレストランで何回か歌わせてもらったことがある。

  • そして観音山では、中秋節を迎える頃、もう一つの名産品、「柚子」とこちらでは呼ばれるザボン(文旦)が食べ頃となる。その真っ白な美しい花が3月になると満開となる。爽やかな甘酸っぱい香りとともに、私たちの視覚と嗅覚を楽しませてくれる季節は間も無くだ。

  • ここで、その阿家(A-Ga)がロックレコード(滾石唱片)から2020年12月30日にリリースしたアルバム『人文、歌謠、觀音山』から、この観音山のザボンの花を歌った『柚子花(ザボンの花)』をOA。

 

<第2セクション【観音山で育まれたシンガーソングライター阿家(A-Ga)】>

  • 阿家(A-Ga)は台湾中部の彰化県秀水郷の出身。田んぼに囲まれた片田舎で育った。小さい頃から歌うことが好きだった阿家(A-Ga)だったが、高校ではブラスバンド部に所属し、トランペットを担当した。高校を卒業してからは、台北に出て来て飲食店で働いていたこともあったが、最終的に郵便配達員として郵便局に就職。管轄の配達エリアは現在の新北市三重区の辺りだった。それでも、歌が好きだった彼は、縁あって先ほど紹介した観音山のレストラン「碧瑤山荘」で、週末だけライブの流し歌手として歌うようになっていった。

  • 2008年に台湾映画『海角七號』が爆発的ヒットをした。シンガーソングライターで俳優の范逸臣(VAN)さんが演じた主人公は、阿家(A-Ga)と同音の阿嘉(A-Ga)という名のプロの歌手を夢見る郵便配達員だった。このことから、阿家はリアル版のA-Gaとして、ニュースでも大きく取り上げられるようになった。

  • やがて、阿家は音楽に専念して生計を立てようと決心をし、郵便配達員を辞することになる。それから間も無く、友人の紹介で私は阿家(A-Ga)と出会い、台湾と日本の文化、歴史が交差する場所で生まれる音楽を目指して、2013年7月に八得力樂團(バッテリー)を結成することになった。八得力は文字通り電池の意味だが、音楽を通じて皆さんに生活のエネルギーを充電するようなバンドになりたいとの思いから命名された。

  • 八得力では、台湾でスタンダードナンバーとなっているカバー曲を私が阿家(A-Ga)から学び、阿家(A-Ga)は私に刺激を受けて、自分の母語である台湾語の創作にも力を入れるようになる。このような流れの中で2016年に阿家(A-Ga)は最初のミニアルバムで、自分の活動拠点だった観音山をテーマとした『伊的面容(あの娘の顔)』を発表。

  • 2018年には故郷の彰化県員林文化センターで行われた「総統府音樂會(総統府コンサート)」に招待され、国家管弦楽団青年楽団のオーケストラをバックに、自分のオリジナル曲『火金姑漫漫仔飛(ホタル、緩やかに飛ぶ)』を蔡英文総統、陳建仁副総統、陳菊総統府秘書長、鄭麗君文化大臣、在台の外交団の前で披露した。私も現場の会場にいたのだが、阿家(A-Ga)がこれほど大きく見え、舞台との距離が遠く感じた瞬間はない。

  • そして、台湾の金曲奨で最優秀台湾語歌手賞と台湾語アルバム賞を受賞した廖士賢さんがプロデューサーを担当し、2020年に台湾最大手のレコード会社の一つ、ロックレコードから台湾語のオリジナル・ファースト・アルバム『人文、歌謡、観音山』を発表した。台湾語の演歌やロックは表立って活躍しているイメージだが、阿家(A-Ga)のようにフォーク、カントリーをベースとした台湾語の音楽は希少な存在なので、金曲奨ノミネートの期待がかかったものの、残念ながらそれは将来に持ち越しとなった。でも、このアルバムを出せたインパクトは非常に大きい。

  • ここで、その阿家(A-Ga)のファーストアルバム『人文、歌謡、観音山』から『老雞梏梏吼(鶏がコケコッコー)』をOA。

 

<第3セクション【観音山硬漢嶺から望む台北市街は最高のお気に入り】>

  • 阿家は日本の作詞作曲家の依頼で、昨年日本語の歌もレコーディングしている。間も無く日本でその作品がリリースされると聞く。毎週1回琵琶のウェイウェイと日本語の先生に個人レッスンを受ける形で、日本語の勉強も、もう1年以上続けている。阿家の音楽に対する真摯な姿勢、バンドに対する献身には本当に頭が下がる思いだ。

  • 阿家は観音山の地域振興を支援するため、昨年まで観音山のある五股農業旅遊発展協会の総幹事を数年ほど務めて、「緑竹筍節(タケノコ祭り)」や観音山ツーリストセンターでの音楽イベントなども積極的に手掛けてきた。観音山の美しい自然や、この土地に関わった人にまつわる様々な物語が彼の創作の原動力となってきたのは、二つのアルバムを発表したことが証明している。彼はもう観音山のレストランで、流しのステージには立ってはいないが、自分の時間と能力をこの地域のために幾度となく割いてきたのは、音楽家として育てててくれたこの土地への、彼なりの恩返しなのだろうと思う。

  • 観音山には様々な登山道やトレッキングコースも整備されていて、標高400メートルに位置する「観音山旅客中心(ツーリストセンター)」から最高峰の硬漢嶺までは、約1.5キロメートル、約60分の道のり。私も2回ほど登頂したことがあるが、ここからの景色は絶景だ。正面には淡水河を挟んで大屯山系の陽明山の峰々が連なり、左に目を向ければ淡水河の河口から太平洋が広がっている。右に目を向けると、関渡大橋辺りから大きく蛇行する淡水河の向こうに台北の街が広がり、凛と聳え立つ台北101の姿、その奥に四獣山の象山も見える。もう、7、8年前になると思うが、旧正月に妻の家族と一緒に登って、目の前に広がっていた景色が昨日のことのように思い出された。

  • 2021年12月に私は、台湾の時報出版社から『約定之地』というタイトルで24人の台湾に根を下ろした日本人の物語を描いた本を出版した。そのカバーには観音山硬漢嶺から台北市内を一望する構図の写真を是非使いたいと編集者に強く要望した。そして、この本の登場人物の一人である写真家の熊谷俊之さんにお願いして、晴れた日にわざわざ硬漢嶺で撮影していただくこととなった。今でもこのカバー写真は最高のお気に入りだ。蛇行する淡水河はまるで私たちの人生のようであり、その向こうに広がる台北の街こそ、私が18年間暮らし続けている場所、約束の地なのだ。

  • そして、八得力樂團(バッテリー)で十年来、ともに音楽の道を歩み続けて来た阿家(A-Ga)にとっては、この観音山という場所が、彼が音楽の道を歩む出発点となり、彼の音楽を育んでくれた約束の地ということになるのだろう。最後に同じく阿家(A-Ga)のアルバム『人文、歌謠、觀音山』から『咱遮是一个好所在(ここは素敵な場所)』をOA。

  • この歌はアルバムの一番最後に収録されている曲だが、軽快なリズムとともに阿家の観音山への愛が溢れる1曲となっていて、聴いているだけで心が弾んでくる。本日は時間の関係で、アルバム収録曲を3曲しか紹介できなかったが、機会があれば他の曲もゆっくり紹介していきたい。久しぶりに観音山のてっぺんから台北の街を眺望したくなった。台北市内からのアクセスも比較的良いので、皆さんも機会を作ってぜひ訪れてほしい。

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