<第1セクション【「北方の狼」と名乗ったシンガーソングライター】>
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本日は「我が心の1980年代台湾ポップス」シリーズの2回目、台湾のシンガーソングライター齊秦(チー・チン)さんの楽曲を中心に紹介。1986〜1988年に私は上海に留学していた。留学当初は台湾の戒厳時代がまだ続いていたので、中国では台湾ポップスを聴いたり、そのカセットテープを販売したり、放送することは禁止。台湾ポップスが中国では「公式の価値観から全く外れたものとして扱われ、そのイメージは社会道徳に反する低俗なもの」とされていた時代。本当に今の時代から見たら、隔世の感。しかし、上海の街中では海賊版の台湾ポップスのカセットテープが堂々と販売され、しかも大人気。鄧小平と鄧麗君(テレサ・テン)さんを並べて、「大きな鄧、小さな鄧」と言ったり、「昼の鄧、夜の鄧」と言われていた時代であり、甘く繊細の歌声のテレサ・テンさんは中国の市井の人々を虜にしていた。
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テレサ・テンさんに続いて、中国の巷で人気となったのは、前回このシリーズで取り上げた二人の女性シンガー、蘇芮(ジュリー・スー)さんと齊豫(チー・ユィ)さん。蘇芮さんのパンチの効いた伸びのある声で歌い上げる歌唱法、齊豫さんの天から降ってくるような歌声も、中国の人々を魅了。当時の中国の人々にとっては、台湾ポップスは憧れの対象。このような中で、もう一人広く受け入れられていた男性シンガーソングライターが齊豫さんの弟の齊秦さん。齊秦さんは、1980年代半ばから1990年代にかけて華語圏のポップスの世界では、童安格(アンガス・トン)さん、周華健(エミール・チョウ)さん、王傑(デイヴ・ワン)さんと並んで「台湾四天王」の一人に数えられるほどの人気。この「台湾四天王」というのは、劉德華(アンディ・ラウ)さん、張學友(ジャッキー・チュン)さん、郭富城(アーロン・クオック)さん、黎明(レオン・ライ)さんといった香港の大スターたちの総称「香港四天王」を意識して付けられた名称。
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齊秦さんは1960年台中生まれ。満州族の血筋で、父親は中華民国の、かつて「國民大會代表」と呼ばれた永年国会議員の齊濟(チー・ジー)さん。この制度は李登輝総統の時代に廃止。国会議員2世という家柄だったが、齊秦さんはやんちゃな少年時代を過ごしていた。16歳の時に飲酒で騒ぎを起こし「感化院」と呼ばれる少年院に送られ、3年余りを過ごした。その後、たびたび面会に来てくれていた姉の齊豫さんが、自ら「金曲奨(Golden Melody Awards)」を獲得した際の賞金でギターをプレゼントしてくれたことがきっかけで、齊秦さんも姉の背中を追うように音楽の道に。21歳の年にレストランで歌っていたところスカウトされ、その年にファーストアルバム『又見溜溜的她(また散歩しているあの娘を見た)』をリリース。アルバムタイトル曲ともなった『又見溜溜的她』がシングルカットされ、早速ヒットチャートで1位を獲得。しかし、この曲はその後に発表される研ぎ澄まされた感性のオリジナル曲とは似ても似つかぬ、民謡調のノスタルジックな歌詞とメロディ。1コーラスのみOA。
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齊秦さんはそれから程なく、兵役で海軍に入隊。退役後はしばらくレストラン付きの歌手として再びステージに。1985年、25歳の年に長髪に、サングラス、革ジャンパー、革ズボンの出立ちで現れた彼は、オリジナル曲を中心に集めたセカンドアルバム『狼的專輯(狼のアルバム)』を引っ提げて台湾ポップス界に復帰。デビュー時のイメージを完全に払拭し、おそらくこれが本来の彼なのだろうという反骨心、ロック魂を感じさせる姿が、すぐさま当時の若者たちを虜に。彼は自らを「北方から来た狼」と歌詞の中で表現したように、このアルバムで完全に覚醒。「狼」は齊秦さんの代名詞ともなった。齊秦さんのセカンド・オリジナル・アルバム『狼的專輯(狼のアルバム)』から代表曲となった『狼』をOA。
<第2セクション【中国で初めてツアーを敢行した台湾ポップス歌手に】>
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『狼的專輯(狼のアルバム)』リリースの翌年の1986年には、サード・オリジナル・アルバム『出没』を発表。そして、さらに翌年の1987年に4枚目のオリジナル・アルバムの『冬雨』が発表されると、齊秦さんの人気は不動のものに。私の上海留学と重なる時期に発表されたこれらのアルバムは、まだ台湾ポップスが完全に解禁されていなかった中国でもすぐに人気に火が付いた。特に4枚目のオリジナル・アルバムの『冬雨』に収められていた『外面的世界(外の世界)』と『大約在冬季(たぶん冬には)』、そしてアルバムタイトル曲の『冬雨』の3曲は、上海の巷のみならず、台湾、香港、東南アジアの華語圏で大ヒット。そして、『大約在冬季』は1988年の「香港十大中文金曲」に選出。
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その1988年にはギターに江建民さん、キーボードに凃惠源さん、ベースに劉天健さんを迎え「虹樂團」を結成。また姉の齊豫さんとの二人で「天使與狼(天使と狼)」コンサートを初めて開催。「天から降ってきた声」と称された姉の齊豫さんが「天使」、ワイルドなイメージで売った自分を「狼」にたとえて名付けられたコンサート・タイトル。このコンサートは、もともと1万人を収容する台北の中華体育館で3日間連続で行われる予定だったが、コンサート開催の前日に会場の中華体育館が火事で消失。急遽、野外で3日分の観客を一堂に集めて開催されることとなった。図らずも、これが台湾での野外コンサートのブームに拍車をかけることとに。姉・齊豫さんとのデュオ・コンサート「天使與狼」は、それから20年後の2008年にも台北と北京でそれぞれ開催。ちなみに中華体育館は、正式名称を「中華體育文化活動中心」と言って、南京東路を挟んで、今の「台北小巨蛋(台北アリーナ)」の斜め向かいの位置にあった。
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その後も毎年1枚のペースでオリジナル・アルバムを発表し続けた齊秦さんは、1991年に8枚目のオリジナル・アルバム『柔情主義(優しい気持ち主義)』を発表。中国からの招きで『齊秦中國巡迴演唱會』を開催し、中国でツアーを実施した初めての台湾ポップスの歌手に。4枚目のオリジナル・アルバム『冬雨』から齊秦さん代表曲『大約在冬季(たぶん冬には)』をOA。
<第3セクション【それでも青春時代の台湾ポップス】>
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齊秦さんは、「金曲奨」の最優秀中国語男性歌手賞に4度ノミネートされ、1997年の第8回金曲奨でこの賞を受賞。その後は活動の軸足を中国に移し、2017年に「音楽は輪廻を越えるが、時間は立ち止まったまま」というコンセプトで10年振りとなるオリジナル・アルバム『穿樂(時を越える音楽)』をリリース。また2019年には、映画『大約在冬季』に出演。しかし、近年は表舞台に立つこともめっきりと減少。今年2月の新聞報道の写真を見ると、63歳となった今も、彼の地で元気に暮らしてはいるようだ。
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齊秦さんも、アジアの歌姫・鄧麗君(テレサ・テン)さん、蘇芮(ジュリー・スー)さん、姉の齊豫さんと並んで1980年代の台湾ポップス、ひいては華語圏のポップスを牽引した一人。青春時代の私に寄り添ってくれた「我が心の歌」の数々には、今でも感謝。最後に彼のヒット曲の中でも、当時一番私の心に沁みた名曲『外面的世界(外の世界)』をOA。
Rti 台湾国際放送
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