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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」) - 2024-11-17-最近読んだ書籍から:『高雄港の娘』

  • 17 November, 2024
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馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」)

<第1セクション:翻訳の妙が満載のノンフィクションノベル『高雄港の娘』>

  • リスナーの皆さん、こんばんは。本日は先月28日に日本で出版され、私が最近読んだ翻訳小説『高雄港の娘』(田中美帆訳、春秋社)についてご紹介したい。『高雄港の娘』は台湾ルポライターとして現代台湾社会の光と影を浮き彫りにしてこられた田中美帆さんの翻訳による台湾の小説である。田中さんは先月この番組のライブ配信のゲストとしてお越しいただき、その際、翻訳者の立場からこの作品をご紹介いただいている。今回は読者として、私の読後感想を中心にお伝えする。

  • まず、この作品の原作は、新聞記者出身、台湾の歴史研究家でルポライターでもある陳柔縉(チェン・ロウジン)さんの時代小説『大港的女兒』である。翻訳を担当した田中さんは、柔らかな筆致ながら鋭い切り口で等身大の台湾を紹介する記事を発表し続け、私が何度も啓発を受けてきた人物。一方、陳さんの歴史を扱ったノンフィクション作品も私は愛読してきた。

  • 社会的事象への精緻な観察を生業とするルポライターの田中さんが、『高雄港の娘』の翻訳を務められたことで、この作品は同じくルポライターである陳さんとの、日本と台湾の二人の同業者による貴重なコラボレーションとなっている点に私は注目した。『高雄港の娘』は時代小説、歴史小説に分類されるが、実在した人物の物語を下敷きとしたノンフィクションノベルでもある。田中さんはルポライターとしての本領を存分に発揮し、原作の意図を丁寧に汲み取ったクオリティの高い二次創作を実現させている。原作の台湾語の台詞の部分を田中さんの故郷の愛媛方言で処理されているのもその一つの例だ。私はこれは大変面白い試みだと感じた。

  • 翻訳というのは、翻訳先の言語文化への二次創作であると私は定義している。私が中学3年生の時だった。国語の教科書に戦前の中国の文豪・魯迅の『故郷』という作品が載っていた。翻訳者は現代中国文学研究者で文芸評論家、慶應義塾大学や東京都立大学でも教鞭を執った竹内好さんである。その作品の一節に、昔は近所でも評判の美人だったという豆腐屋の小母さんが登場する。その小母さんの昔のあだ名は、中国の四大美人の一人に数えられる「西施」になぞらえ、中国語の原文では「豆腐西施」と言った。ところが、翻訳者の竹内さんは、その「豆腐西施」という言葉を「豆腐屋小町」と日本語に訳していたのである。

  • 当時中学校3年生ではあったが、この事実を教科書の「訳註」から知った私は、実に上手い翻訳語であると唸った。日本では、「小野小町」と言えば昔から美人の代名詞である。この日本語訳をそのままと西施を引っ張って来て「豆腐屋西施」としたところで、多くの日本人にはピンと来ない。翻訳というのは、このピンと来る、来ないがとても大事であると考える。翻訳者は翻訳元の言語(この場合、中国語)の読解能力もさることながら、翻訳先の言語(この場合、日本語)への二次創作の力量、センスが、より強く問われることになると私は考える。

  • 私自身は著作としての翻訳作品は無いが、これまでも日本との合作となる台湾の映画やドラマの脚本の日本語訳を何度も手掛けてきた。たとえば、今年の8月に「公視(公共テレビ局)」で放送されて大変評判となり、私が俳優として日本側弁護団団長の高橋庄治郎役で出演した『聽海湧(邦題:波の音色)』も、脚本の日本語版の翻訳は私が担当した。時代背景や登場人物の性格や心理状態を意識しながら、自分の知識や経験、感覚を全面的に動員して自然で読みやすい日本語になっているか、毎日自問を繰り返しながらの作業だった。

  • したがって、『高雄港の娘』の翻訳者としての田中さんのご苦労も、ある程度は理解できるつもりだ。だからこそ、田中さんが華語の原文では日本語で話したと思われる台詞を標準語で、台湾語で話したと思われる台詞を田中さんご自身の故郷のお国言葉である愛媛方言で処理をされていたのは、竹内好さん訳の魯迅の『故郷』と同じくらい私を唸らせてくれたのだった。この翻訳の処理によって、当時は台湾では国語だった日本語と生活言語だった台湾語との対比がより立体的となり、作品中の会話もより自然で生き生きとすることとなった。これはお見事というほかない。

  • では、ここで高雄港にまつわる楽曲ということで、高雄出身の林姍(イボンヌ・リン)さんが歌った『黃昏高雄港』をOA。

<第2セクション:時代小説?歴史小説?やはり大河小説『高雄港の娘』>

  • 次にネタバレにならない範囲で『高雄港の娘』のあらすじを紹介しておく。この作品は、日本統治時代の台湾を皮切りに、戦後の国民党政府による台湾統治の開始と戒厳令時代、高度経済成長期の日本を経て、台湾の民主化から現代までの歴史を背景に物語は進んでいく。高雄港で生まれ育った主人公の孫愛雪は、こうした大きな時代に翻弄されながらもたくましく生き抜いていくという筋書きだ。

  • この愛雪のモデルとなったのは、日本在住の台湾華僑として自らは社長業を務めるかたわら、「世界台湾同郷会聯合会」の初代会長だった夫の郭榮桔(かく・えいけつ)さんの活動も支え続けた郭孫雪娥(かくそん・せつが)さん。雪娥さんの生き様を投影させた主人公の愛雪に、連続テレビ小説や大河ドラマのヒロインを重ね合わせた読者は、きっと私だけではなかろう。そんな折、田中さんご自身から、この作品の販売先の東京の書店で「大河小説」として紹介されていたという話を伺った。「時代小説」や「歴史小説」とも違うこのネーミングは、まさに大河ドラマを見ているようなこの作品にはぴったりだと思った。

  • 話は変わるが、私は原作者の陳柔縉さんとは、残念ながら面識がない。私と陳さんとの接点とかろうじて言えるのは、台湾在住の作家でメディアコーディネーターの青木由香さんから、青木さんのベストセラーの『奇怪ね』を出版することになったきっかけが、陳さんの一言だった(青木さんの話を面白いと思った陳さんが、初対面にもかかわらず、出版社にその場で電話して出版を掛け合った)と折に触れて聞いていたことと、私の自宅の本棚に陳さんのご著作の翻訳作品『日本統治時代の台湾』(天野健太郎訳、PHP)が愛読書として並んでいることぐらいだ。

  • 私は陳さんには日本統治時代のあれこれについて教えを乞いたい、いつか会いたい、会えるだろうと思っていた。ところが、陳さんは三年前にバイクとの接触事故で他界されてしまい、今生でお会いする機会は失われてしまった。本当に残念でならない。『高雄港の娘』の原作の『大港的女兒』は、陳さんの初めての小説にして遺作となった。会いたい人とは会える時に会っておくしかない。

  • 翻訳者の田中さんが、三年前に台湾の交通状況の問題点を指摘する記事を執筆したのも、実はこの陳さんの交通事故死がきっかけだったと伺った。この記事によって台湾では大きな論争が巻き起こり、車やバイクの運転手に歩行者優先を徹底させるべく、法律改正がなされる引き金ともなった。その田中さんが巡り巡って陳さんの小説の翻訳を引き受けることとなったのも、何かのご縁なのだろう。自分の作品が日本でも出版されたことで、空の上の陳さんもきっと喜んでいらっしゃることだろう。

  • さて、『高雄港の娘』は、私が知らなかった、あるいはおぼろげに理解していた台湾史の一面を見事に可視化してくれた。台湾の今の姿がなぜあるのか、またそれが日本統治時代とどのように繋がっているのか、一つの答えがこの小説には書かれている。そして、どんな困難に直面しようと、前を向いて歩み続ける主人公の愛雪の生き方は、日本と台湾の狭間に立って生きている自分にとっても、未来を照らす道標となってくれた。翻訳者としての田中美帆さんの丹念なお仕事ぶり、センスの良さにも敬意を禁じ得ない。『高雄港の娘』が、日本で多くの読者に恵まれ、いつかこの作品が、舞台や映画やドラマの形で再創作される日が来ることも、演劇の世界にも身を置く者として密かな楽しみとしたい。

  • では、ここでこれも高雄をテーマとした楽曲で、滅火器/Fire EX.さんが歌った『高雄驛起飛』をOA。

<第3セクション:ワンオクが台北をスルーして高雄でコンサート、それはなぜ?>

  • 高雄と言えば、先月末、日本のロックバンド「ワンオク」こと、ONE OK ROCKが高雄国家スタジアムで土砂降りの雨が降りしきる中コンサートを行ったことが話題となっていた。田中美帆さんも台湾ルポライターの立場から、Yahoo!ニュースでそのことを報道していた。ワンオクもそうだが、最近多くの海外アーティストが台北をスルーして高雄でコンサートを行うケースが多い。その記事「ONE OK ROCKが土砂降りの中で打ち立てた日本人初の記録――台湾高雄で感じたライブの価値」が大変興味深い内容だったので、最後に紹介しておきたい。田中さんの記事をかいつまんで説明すると、次の通りである。

  • 高雄国家スタジアムは、2009年開催のワールドゲームズの開会式・閉会式の会場として建設された5万5千人収容可能な施設。MRTの駅が隣接し、台湾高速鉄道、高雄空港からのアクセスも良く、国内外の動線に優れている点が、まず最初に挙げられていた。それゆえ、これまでに、イギリスのロックバンドのコールドプレイやシンガーソングライターのエド・シーラン、今回の日本のロックバンドのワンオクをはじめ、海外の大物アーティストのコンサート会場にも選ばれてきたと指摘する。

  • そして、「ここまで大規模な会場になると、問題なのは安全である。ワンオクライブの翌日、台湾メディアが報じていたのは、終了からおよそ75分で4万人の観客が混乱なくスムーズに退場できた点だった。確かに必要な場所にスタッフが配備され、大きな混乱もなかった。「慣れている」というのがシンプルな感想だ。万単位の人数を安全かつスムーズに移動させられるかどうかは、主催側にとってはもちろん、参加する側にとっても非常に重要な要素だ。」と安全面での優位性が次に挙げられていた。

  • そして、3つ目の優位性として挙げられていたのは、高雄国家スタジアムが高雄市政府の持ち物であり、したがって、高雄市政府としてライブを全面的にバックアップする体制となっている点だ。コンサートというイベントを終了後の宿泊も含めた高雄の観光と絡めたパッケージの国内旅行と捉え、市全体の経済効果を見越した措置を講ずることができるのだ。たとえば、コンサートのチケットを提示すれば、夜市や交通機関の優待券がもらえるといった公共サービスを提供しているというように。会場へのアクセス、施設の安全性、公共サービス、この3つの優位性を持つ都市は、台湾では高雄を置いて他はない。なるほど、台北がスルーされるわけだ。

  • 本日は田中美帆さん訳の大河小説『高雄港の娘』の読後の感想を中心にお話をした。本日のお別れの曲は、先月、高雄国立スタジアムでコンサートを行ったONE OK ROCKの歌で『Wherever You Are』をOA。

  • 実はこの曲は、台湾在住の北村豊晴監督が演出し、2017年の台湾のエミー賞と言われる「金鐘奨」に9部門にノミネートされ、最優秀主演女優賞と最優秀新人賞の2部門を受賞したラブコメディーのドラマ『戀愛沙塵暴(愛の砂嵐)』のエンディング主題歌としても使われていた。今や人気・実力とも台湾の頂点に君臨する吳慷仁(ウー・カンレン)さんや、今年話題となった日台合作映画『青春18×2』に主演した若手人気俳優・許光漢(シュー・グアンハン)さんもこのドラマに出演していたことを付け加えておく。

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