<第1セクション:実は大学のサークルの先輩だった?!ーー中島みゆきの『時代』>
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昨日は24節気の「白露」。白露とは、露が降り、白く輝くように見える頃という意味。日中はまだ残暑が続いているが、朝晩は涼しくなり、朝露が降り始める時期のこと。とはいえ、台湾では残暑はまだまだ続く。本日は久しぶりに「台湾に根を下ろした日本歌謡」シリーズの第15回。日本を代表するシンガーソングライター・中島みゆきさんの北京語のカバー曲をお届けしていきたい。
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中島みゆきさんが北海道のご出身だということは、ほとんどのリスナーの皆さんもご存知のことと思う。みゆきさんは、実は私の大学のサークルの10年上の先輩だった。私が所属していた北海道大学フォークソング研究会は、北大生のみならず、札幌市内のさまざまな大学の学生も在籍していた。札幌市内の藤女子大学に通っていたみゆきさんも、この北大のフォークソング研究会の元部員だった……と先輩から聞いて私も入部に心が動いた口だ。
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しかし、後からもう少し詳しく情報を集めてみると、みゆきさんが在籍していたことは確かに事実だったが、実際に在籍していた期間は、ほんの1か月程度だったらしい。これって正式部員だったの?という声が聞こえてきそうだが、その翌年、自分が新入生を勧誘する立場になった時には、「あの中島みゆきさんも所属していたフォークソング研究会です」と私もしれっとした顔で後輩たちに言っていたということは、素直に白状しておこう。
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実際のところは、みゆきさんは北大のフォークソング研究会でバンドに所属し、出入りしてはいた。ただ、みゆきさんご自身が「コンテスト荒らし」の異名もつくほど、北海道内や全国規模のコンテストに出まくっては次々と賞も取るようになり、すっかり忙しくなってしまった。この結果、サークル活動は自然消滅に近い形で、お留守になっていったということらしい。
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デビュー初期の頃のみゆきさんの曲で、私が最も好きなのは『時代』だ。自分でもたまにカバーして歌うこともある。みゆきさんは藤女子大学を卒業後、1年間のアマチュア活動を経て、1975年5月に「第9回ポピュラーソングコンテスト」、通称「ポプコン」全国大会に北海道地区代表で出場し、『傷ついた翼』でまず入賞する。この第9回「ポプコン」には、中島みゆきさんのほか、松崎しげるさん、庄野真代さん、八神純子さんといった錚々たるメンバーが参加し、お互いに鎬を削っていた。松崎さん、八神さんは優秀賞を獲得している。今から振り返れば、この時の「ポプコン」は神回だった。
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みゆきさんは、その年の9月には『アザミ嬢のララバイ』でレコードデビュー。この勢いに乗るように、同じ年の10月に行われた「第10回ポピュラーソングコンテスト」全国大会とそれに続く「第6回世界歌謡祭」では、『時代』を歌って見事グランプリを獲得し、一躍その名が全国に知れ渡るようになった。みゆきさんの世代を超えた幅広い人気ぶりは、デビューから50年経った今も衰えることはなく、昭和、平成、令和に跨る、現代の日本を代表するシンガーソングライターの第一人者と言って良い。
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台湾でこの『時代』を北京語でカバーしたのは、1980年代後半から1990年代に一世を風靡した李翊君(リンダ・リー)さんだ。カバー曲のタイトルは『重生(生まれ変わり)』。しかし、中島みゆきさんが『時代』で世界歌謡祭のグランプリを獲ったのが1975年、李翊君さんが北京語でカバーしたのが2021年。26年もの時差がある。実は、1970年代は台湾の戒厳令の影響もあり、日本のフォーク系の楽曲はほとんど入らなかった時代だった。
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その後、1990年代になって台湾の民主化が進むにつれ、日本のテレビドラマも雨後の筍のように台湾にも入ってくるようになり、それとともにドラマの主題歌も入ってきた。1994年のテレビドラマ『家なき子』の主題歌だったみゆきさんの『空と海のあいだ』も多くの台湾の視聴者の耳に届いた。また、李翊君(リンダ・リー)さんは『完美的女人(完璧な女)』のタイトルで、林佳儀(ニーサ・リン)さんは『一個人的我依然會微笑(一人の私は今も微笑む)』のタイトルで北京語にもカバーされた。この曲『一個人的我依然會微笑(一人の私は今も微笑む)』は、昨年11月19日の放送回でオンエアしたので、もしかすると記憶に残っている方もいらっしゃるかもしれない。
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自由に日本の音楽を聴くことができる時代となって、みゆきさんの過去の名作が見直されるようになったのだろうと私は想像している。それでは、李翊君(リンダ・リー)さんの歌で中島みゆきさんの『時代』の北京語のカバー曲『重生(生まれ変わり)』をOA。
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ここで李翊君(リンダ・リー)さんのことを紹介しておきたい。李翊君(リンダ・リー)さんは台北の出身、1990年代の初めに、台湾の作家・瓊瑤(チォン・ヤオ)の恋愛小説を原作とする時代物のテレビドラマが何本も放送され、台湾のみならず、華語圏を席巻したことがあった。さながら「瓊瑤現象」と呼んでも良いほどのムーブメントだったと記憶している。その瓊瑤(チォン・ヤオ)シリーズのテレビドラマの主題歌や挿入歌を何曲も歌っていたのが、李翊君(リンダ・リー)さんだった。「戲劇歌曲代言人(ドラマ・ソングのイメージキャラクター)」あるいは「瓊瑤御用歌手(瓊瑤の御用歌手)」と呼ばれるほどだったことからも、当時の瓊瑤原作のドラマでどれだけ重用されていたのかが想像できるだろう。
<第2セクション:華語圏で刺さりまくったみゆき節ーー『銀の龍の背に乗って』>
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さて、J-POPの華語のカバー曲を2011年頃まで集めていた「J-POPの中国語カバー曲」というサイトがある。そのサイトを運営されていた方によると、日本語が原曲の歌で華語にカバーされた楽曲は、歌手別に見ると中島みゆきさんがダントツの1位で約110曲、2位がサザンオールスターズ(桑田佳祐さんや原由子さんのソロ曲も含む)と安全地帯(玉置浩二さんのソロ曲も含む)がともに約70曲。4位が山口百恵さんの60曲ということだ。これらは同じタイトルで同じ歌詞のカバー曲でも、別の歌手が歌った場合、それぞれ1曲とカウントされる。それでも中島みゆきさんの楽曲がいかに多く華語圏でカバーされてきたかがわかる一つの指標とはなろう。
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みゆきさんの曲で最も多くの歌手がカバーし競合した曲は、1979年にリリースされた『ルージュ』で4種類のタイトルと歌詞があり、王菲(フェイ・ウォン)さん、李翊君(リンダ・リー)さんをはじめ18名の歌手がカバーしている。次に多くの歌手にカバーされているのは、2000年にリリースされた『帰省』で2種類のタイトルと歌詞があり、日本で活躍した中国系歌手の本多RuRuさんをはじめとする11名の歌手がカバーしている。同率の2位が1980年にリリースされた『ひとり上手』で、同じく2種類のタイトルと歌詞があり、鄧麗君(テレサ・テン)さんをはじめとする11名の歌手がカバーしている。
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ちなみに、1981年にリリースされ、日本でも大ヒットした『悪女』は、林佳儀(ニーサ・リン)、王菲(フェイ・ウォン)、陳迪匡(ケンジ・チャン)、黃鶯鶯(トレーシー・ホアン)、夏妙然(セリーナ・ハー)といった、台湾、香港、マカオの5名の歌手が、それぞれ別の5つの違ったタイトル・歌詞でカバーしている。こうしたことから伺えることは、中島みゆきさんの楽曲は引く手数多。華語圏の歌手たちが普段から虎視眈々と狙っていて、リリースされるたびにこぞってカバーするという現象だろう。ドラマチックでありながら覚えやすく、記憶に引っ掛かるメロディーは、いとも軽々と国境を越えていく。
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では、ここで『銀の龍の背に乗って』のカバー曲で范瑋琪(ファンファン)さんが歌った『最初的夢想(最初の夢)』を OA。
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原曲の『銀の龍の背に乗って』は、2003年に人気ドラマ『Dr.コトー診療所』のテーマソングとして製作された。台湾でもこのドラマはヒットした。北京語でカバーした范瑋琪(ファンファン)さんはアメリカのオハイオ州生まれの台湾人。2000年にリリースしたデビューアルバム『范范的世界(ファンファンの世界)』が、翌年第12回金曲奨の最優秀新人賞にノミネートされるほどの実力者。『銀の龍の背に乗って』のカバー曲『最初的夢想(最初の夢)』は、2004年にリリースされた最初のベストアルバム『For Fan-最初的夢想』に収録されている。
<第3セクション:原曲の歌詞を越えるカバー曲は困難ーー『糸』>
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みゆきさんの歌は、本当に息が長い。1975年のデビューから半世紀の間、いつの時代もヒット曲を飛ばし続けてきた。のみならず、50年前に彼女が作った曲を今聴いても、新たな発見がいつもあり、色褪せることはない。メロディーが素晴らしいのも間違いないが、みゆきさんの歌の生命線は、やはりその歌詞の力だと思う。人間に対する、時には冷徹な洞察と、時には熱い情熱とが交錯する言葉の数々をものの見事に操り、歌として編み上げていく。常軌を逸していると言っても過言ではないほど、みゆきさんの作詞能力は卓越している。
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だからこそ、みゆきさんの歌を外国語でカバーすることは容易ではない。メロディーは同じでも、あのみゆきさんの歌詞の世界を完全に把握して別の言葉で再現するのは、どんなに優れた作詞家でも並大抵のことではない。日本語で醸し出される「味」がどうしても出ないのだ。だから1つの曲に多い時には4つも5つも違うタイトル、違う歌詞でカバーされて歌われることとなるのだと私は思う。これは要するにこのバージョン以外あり得ない、というところまで突き詰めた歌詞が見つかっていないということの裏返しとも言えるのではなかろうか?
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でも、それは仕方のないことだ。それくらいみゆきさんの歌詞の世界は広く深く、それでいて細かく大胆なのだから。華語でカバーされた歌詞でこれは凄いと私を唸らせてくれたのは、鄧麗君(テレサ・テン)の『時の流れに身を任せ』の北京語版『我只在乎你(あなただけ)』を作詞した慎芝(シェン・ジー)さんくらいだろうか。原曲の日本語の世界観を見事なまでにそのまま写し取って、華語に落としこんでいる。しかも、華語としての韻を踏み、音符割りまで完璧で、まさに神業だとしか言いようがない。華語がわかる方は、是非『時の流れに身を任せ』と『我只在乎你』の歌詞を聴き比べてみてほしい。
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個人的な思いも含め、いろいろと述べてきたが、中島みゆきさんの曲が、これだけ多くの台湾の、そして広く華語圏のリスナーの皆さんの心を掴み続けてきたことは、サークルの後輩として、一人の音楽の世界に身を置くものとして素直に喜びたい。
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本日のお別れの曲は、中島みゆきさんの名曲中の名曲の『糸』の北京語のカバー曲で、俳優としても大活躍の任賢齊(リッチー・レン)さんが歌った『明天過後(明日が過ぎれば)』。
Rti 台湾国際放送
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