<第14回台湾国際ドキュメンタリー・フィルム・フェスティバルが開幕:第二次世界大戦中の台湾兵を描いた『由島至島(島から島へ)』>
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リスナーの皆さん、こんばんは。本日は「最近心に残った映画」の2回目をお送りしたい。まず、5月10日〜本日、5月19日までの10日間、「台湾国際記録片影展(台湾国際ドキュメンタリー・フィルム・フェスティバル)」が開催されていた。隔年開催のこのフィルム・フェスティバルは今回が第14回。「亜洲視野競賽(アジアン・ビジョン・コンペティション)」、「国際競賽(インターナショナル・コンペティション)」、「台湾競賽(台湾コンペティション)」、「再見真実奨(ビジョナリーアワード)の四部門で争われるが、2,313の応募作品から選ばれた140近くの作品が上映された。
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「台湾コンペティション」にノミネートされた作品のうち、廖克発(ラオ・クッファ)監督の『由島至島(島から島へ)』、廖憶玲(リァオ・イーリン)監督と朱柏穎(チュー・ポーイン)監督の『尋找・另一個故事(もう一つの物語を探して)』、蘇育賢(スー・ユィシェン)監督の「公園」、許家維(シュィ・チァウェイ)監督の『在聖堂裡的一場演出(聖堂でのある芝居)』の4作品は、いずれも世界初公開だった。ほかには、「金馬奨(ゴールデン・ホース・アワード)」で最優秀ドキュメンタリー映画賞を獲得した盧盈良(ルー・インリァン)監督の『神人之家(神の家)』や蔡崇隆(ツァイ・チョンロン)監督の『九槍(九発の銃弾)』など合計15作品が各部門にノミネート。
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この中からピックアップしたい作品を一つ挙げるとすれば、再現映像の部分で太平洋戦争のマレー作戦やノモンハン作戦などを指揮した陸軍参謀・辻政信の役で私自身も出演し、日本語の翻訳とナレーションも担当した廖克發(ラオ・クッファ)監督の『由島至島(島から島へ)』だ。5月11日の台湾国際ドキュメンタリー・フィルム・フェスティバルでのプレミア上映には、私も招待されて鑑賞した。4時間50分の大作だった。途中休憩も無かったが、私の視線は終始スクリーンに釘付けとなった。この作品は第二次世界大戦の期間、日本の領土の一部分であった台湾にスポットを当て、これまで埋もれていたこの時期の台湾の記憶を掘り起こし、整理するという作品となっている。日本軍に従軍した台湾人や東南アジアに根を下ろした台湾人の足跡を追い、その末裔たちに丁寧に取材をしている。世代を跨る対話、家族に宛てた手紙、日記、家族間の記録ビデオを通じて、時には当時の映像や再現映像、紙芝居などの手法も取り入れて、台湾の歴史の複雑な記憶やこの時代に生きた様々な身分の人々の存在を浮き彫りにしていく。
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廖克發(ラオ・クッファ)監督は、マレーシア出身だが既に台湾の国籍を取得している。自分の故郷で第二次大戦中に発生した日本軍による華人虐殺事件をはじめとする日本軍の行動に、一部の台湾の人々が加担していた事実さえも、現在の台湾の歴史の記憶から消し去られていることに対する違和感、あるいは憤りがこの作品製作の根底にあることを正直に明かしている。廖監督はさらにこう述べている。「この作品は、台湾、マレーシア、シンガポール、いずれかの場所だけに立脚して考えてはならない。なぜなら、各地で起こった事件に向き合う際には、いずれもヒューマニズムに基づいて責任を問い、考え、反省しなければならないと思うからである。私たちは人の心の弱さや、生き残るためには、誰もがあらゆる恐ろしいことをしでかしてしまう可能性があることを認めなければならない。自分だけが正しいと思うのは誤りで、どんな悪の理由も正義の理由も実は似通っている。年老いた元日本兵にも時間を割いて彼らの苦しみを述べてもらった。私は彼らが過去にしたことを責めているのではなく、どうして「沈黙」し続けたのかを問いたかったのだ。私たちは性善説も、また少数の悪人だけが罪もない人々を傷つけたという論調も信じるべきではない。多くの場合、傍観者が自分が傍観する理由を正当化することによって事件が生じているからだ。もう少し正確に言えば、人というものはいつでも自分勝手な行動や記憶を正当化するものなのだ。だからこそ、自分を常に戒めなければならない。」
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正直言って非常に重たい作品である。大きな時代状況の中で一人の市民が時代の趨勢に呑み込まれ、あるいは戦争という極限状況で無慈悲な行動を取ってしまうことがある。それも人間の一面だという廖監督の見解には賛同できる。マレーシア出身の華人で、台湾に帰化した廖監督から見えている風景は、きっと私が見ているものとは違う。ただ少なくとも、なぜこのようなことが起きたのか、そしてそれをどう受け止めたら良いのか、議論の材料を提示してくれたことこそ、この作品の最大の意義であることは間違いないだろう。
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5時間近くにわたったこの映画のエンディングに高一生(日本名:矢田一生、ツォウ族名:ウオグ・エ・ヤタウヨガナ)さんが作詞作曲した『春の佐保姫』が流れる。高一生は台湾の白色テロで命を落とした教育家、詩人、音楽家である。廖監督は、この曲を最後に持ってきた意図をこう語っている。「この作品を通して、次の世代にこれらの歴史を知ってもらいたい。しかし、このことを知ったからといって、いつまでも怒りや挫折感を抱き続けてはならない。「私たちはこのことをどう考えたら良いのか」が重要。したがって、『春の佐保姫』の歌が、大人の声から子どもの声へと変わっていくのは、次世代に伝承、教育していくことの象徴である。」と解説している。では、映画で使われたバージョンではないが、小美さん、陳永龍さん、高英傑さんの歌で『春の佐保姫』をOA。小美さんは、現在は以莉・高露(イーリー・ガオルー)と民族名を名乗っているアミ族を代表するシンガーソングライター。陳永龍さんはプユマ族のシンガーソングライター、ツォウ族の高英傑さんの父親はこの曲の創作者、高一生さんである。
<BLを扱った近作から『關於我和鬼變成家人的那件事(邦題:僕と幽霊が家族となった件)』>
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続いてご紹介するのは、昨年のヒット作『關於我和鬼變成家人的那件事(邦題:僕と幽霊が家族となった件)』。「紅い服の少女」「目撃者 闇の中の瞳」など、スリラーやサスペンスを手がけてきた台湾のヒットメーカー、程偉豪(チェン・ウェイハオ)監督がメガホンをとり、台湾や中国など東アジアや東南アジアに古くから伝わる風習「冥婚(めいこん)」を題材に描いたコメディ。「映画.com」の紹介文から引用するが、物語の内容は次の通りである。「うだつの上がらない警察官の青年・呉明翰(ウー・ミンハン)は捜査中に落ちていた祝儀袋を拾うが、冥婚の習わしで、若くしてひき逃げ事故で亡くなったゲイの青年・毛邦羽(マオ・バンユー)と結婚をしなければならなくなってしまう。そのことに頭を悩ませつつも、ある事件の解決に向けて奔走するウー・ミンハンだったが……。」
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「「冥婚」は未婚の死者の霊を慰めるため、生者と死者が行う結婚のこと。台湾などの一部地方に伝わる風習の場合は、未婚のまま亡くなると遺族が本来ご祝儀を入れる赤い封筒「紅包」を道端に置き、その包みを拾った者が死者と形式上の「結婚式」を強要されるというもの。拒否すれば罰が当たり、不幸になると言い伝えられる。主人公の警察官ウー・ミンハンを台湾の人気モデルで俳優の許光漢(グレッグ・ハン、シュー・グアンハン)、ゲイの青年マオ・バンユーを林柏宏(リン・ボーホン)が演じた。」
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台湾では3億6千万元(約18億円)の興行成績を収める大ヒットとなったこの映画。人気俳優の許光漢さんの肉体美、BL、冥婚等、異なる方向の様々な要素が詰まった作品だが、これらの要素を上手に織りなして涙と笑いの溢れるコメディーに仕立てた程偉豪(チェン・ウェイハオ)監督の手腕をまずは高く評価したい。そして、もう一人の主役で婦人警官を演じた王浄(ワン・ジン)さん、薬物売買の親玉を演じた蔡振南(ツァイ・ジェンナン)さん、警察署のボス役を演じた馬念先(マー・ニェンシェン)さんといった個性派・演技派の俳優さんたちが、物語を引き締めてくれていて、想像以上に面白い作品であった。演出の立場であろうが演じ手の立場であろうが、コメディーの間(ま)やリズム、テンポを正確に把握して、観客の感情を揺さぶることの難しさは、私も舞台やドラマや映画で何度も直面してきただけに、この作品の制作チームの仕事ぶりの高さには、ただただ感服するのみ。この映画の主題歌となった蔡依林(ジョリーン・ツァイ)さんの『親愛的對象(親愛なるダーリン)』をOA。
<BLを扱った近作から『成功補修班(成功学習塾)』>
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最後にご紹介する作品は、昨年公開され、イケメン俳優としてもお馴染みで、最近は監督としてハートフルな作品を次々と世に送り出している藍正龍(ラン・ジェンロン)監督の『成功補修班』。「補修班」は日本では学習塾や予備校のこと。「成功補修班」の物語は藍正龍監督が体験した実話が元となっている。補修班、塾の先生として作品内に登場する人物は、もう故人となってしまったそうだが、ドキュメンタリー映画監督で藍監督の中学校時代の塾の講師・陳俊志さんである。二人は映像の仕事に追われながらも、2019年に恩師の陳俊志さんが亡くなるまで交流が続いたそうだ。この作品は藍正龍さんが2019年に『傻傻地愛你,傻傻地愛我(英題:A Fool in Love, Love Like a Fool)』』で長編映画の初メガホンを執って以来の第二作となる。2023年の台北フィルム・フェスティバルのクロージング上映の作品にも選ばれた。
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物語は1994年のこと。学歴至上主義で、学生時代の恋愛が厳禁だった時代。成功補修班の問題児で「成功三剣客」と呼ばれた男子学生の3人組の正恒(ジョンハン)、程翔(チェン・シァン)、和尚(和尚はあだ名、尚禾)。クラスのマドンナだった陳思さんへのそれぞれの恋愛感情から、3人の友情に変化が生じる。ちょうどその頃、成功補修班に新任の劉俊志先生が着任し、ドキュメンタリー映画監督でもあった劉先生は、3人に対してそれぞれの自分探しの旅に導いていくという内容だ。藍正龍監督は次のように述べている。「成功三劍客を通して、青春期によく出現する自分の性別や恋愛対象の混乱やまだ見ぬ未来への思い、愛への渇望を描いた。この物語を通じて、明確で楽観的な態度を示したかった。どのような性の志向を持っていようが、『成功補修班』の物語を通して、温かなエネルギーや自分らしく生きることの大切さを感じてほしい。」
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『成功補習班』のチケットセールスは1,000万元にも届かず、興行的には成功したとは言い難い。1990年代の台湾の空気感も外国人の私には届きにくい面もある。しかしながら、台湾ではお馴染みのBLや性のアイデンティティーも含め、LGBTQのイシューも自然に肯定的に描きつつ、自分らしくあれば良いのだと人生の背中を押してくれる可愛い作品だったと思う。本日のお別れの曲は『成功補修班』の主題歌で郭惟晨さんと吳以悠さんの女性ユニット晨悠CHENYOさんが歌った『可不可以只愛我一天就好(一日だけいいから私を愛して)』をOA。
Rti 台湾国際放送
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