<第1セクション【12月の台北は連日の小糠雨】>
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リスナーの皆さま、こんばんは。年の瀬の台北は例年のようにクリスマスの飾り付けや年越しに向けて、街も華やかな装いを深めている。その一方、この季節の台北をはじめ台湾北部では、小糠雨がしとしとと降り続く少し憂鬱な季節でもある。しかし、台北の年間平均降水量を見てみると、12月は65ミリで1月の63ミリに次いで少ない。平均降水日も12日で自分の印象ほど雨の日が多いわけでもない。降水量が少ないのは台風や梅雨など豪雨のシーズンと違って、細かな粒の雨が降り続くからである。東京の12月の降雨日がわずか4.5日であることを考えると、台北の12月の降雨日が12日というのはそれでもやはり多い。
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台湾には冬場にさらに多く雨が降る街がある。「雨都」と呼ばれている基隆である。12月の平均降水量は332ミリで台北の5倍、降雨日も20日にものぼり12月の三分の二は雨模様ということになる。以前は基隆の地元の人たちも、やや自嘲気味の文脈で「雨都」という言葉を使うこともあった。しかし、最近は基隆の青年グループがこれを逆手に取るように「雨都漫步(Keelung for Walk)」というプロジェクトを企画し、「城市散步,深度導覽(街歩きで、より掘り下げた街案内を)」をスローガンに新たなプラットフォームを立ち上げた。基隆という土地と産業、文化、芸術を繋いで、基隆の魅力を集積し、再構築し、文化遺産の多元的活用を図ることによって、基隆の地元の人たちの共感を呼ぶ地方ブランディングを目指そうというのがこのプロジェクトの目的だそうだ。基隆の日常生活、海洋、信仰、飲食、景観等の切り口から、それぞれ「閃爍基隆、浪潮基隆、魔幻基隆、調味基隆、稜線基隆」と銘打って、基隆の歴史的文脈や街の特色を一つ一つ浮き彫りにしようという試みだ。
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ところで、基隆のある台湾の北海岸に雨が多いのは、大陸からの東北の季節風に関係する。秋から翌年の春にかけて半年も雨が降り続くのは、前には太平洋が広がり、後ろには陽明山が立ちはだかり、水分を多く含む海風が後ろの山に当たって雨を降りやすくさせているのだ。翻って言えば、12月の台北の降雨日が基隆より8日間も少ないのは、陽明山が大陸からの季節風を遮ってくれているからに他ならない。
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ここで、周杰倫(ジェイ・チョウ)さんの歌で『雨下一整晚 Rain All Night』をOA。この曲は2010年にリリースされた周杰倫(ジェイ・チョウ)さんの10番目のアルバム『跨時代(時代を超えて)』に収められている。R&Bにジェイさんお得意の中国風のテイストの楽曲。叙情的な静かなギターで始まった後、二胡や京鼓、古筝といった中国楽器が参入し、ボーカルもR&B風から京劇の歌唱法へと転換。雨の情景を借りながら現代から古代へと時代を遡るという構成になっている。
<第2セクション【台湾北部の冬は湿度が高く、体感温度は結構寒い】>
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大陸からの季節風がもたらすのは雨だけではない。寒波も時々運んで来る。台北は亜熱帯に属するが、時には気温が10度を割ることもあり、数年に一度は雪が舞うこともある。結構な寒さなのである。その上、連日の雨降りによって湿度が高いため(こちらでは「湿冷」と呼ばれる寒さ)、洗濯物は乾きにくく、体感温度も数度ほど低くなる。これに加えて、暖房設備が整っていない家庭が多く、エアコンも冷房機能しか備わっていないことも普通。バスの車内も真冬に冷房をガンガンかけて走っている場合があるが、これは暖房装置が無いことに加え、車内の湿度が高まって除湿が必要となるからやむを得ず冷房をかけているのだと聞いた。
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日本の東北生まれで北海道や中国の北京でも暮らしたことがある私だが、台北の冬の寒さは暮らし始めて18年近く経った今も慣れないことの一つだ。初めて台北に来た年に、冬の街をダウンジャケットで歩く人を見てなんて大袈裟なんだろうと思ったが、しばらくしてその意味を理解するようになった。今では私も12月、1月にはダウンジャケットは手放せない。毛糸の帽子とマフラーも必須アイテムだ。ホテルも最近は暖房を備えたところも徐々に増えてきたが、ミドルクラス以下の場合は、暖房施設は無いものと考えた方が良い。この季節に台湾の北部に旅行に来られる方は、こうした防寒具をしっかりと整えてから来ていただきたい。使い捨てカイロもかなり重宝する。
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台湾の一般家庭にはバスタブは無いのが普通。寒い冬でもシャワーしか無い家庭も多い。気温が下がると水温が下がり、ぬるいお湯しか出ないと嘆いていた友人もいた。そして、寒くなると湯沸かし器がなぜかよく壊れるという話を聞いた矢先、本当に我が家の湯沸かし器も壊れてしまった。修理が終わるまでは、鍋でお湯を沸かして盥(たらい)に溜めて身体を洗うといった日々が続いたが、なんだか昭和の前半に戻った気分だった。不便な暮らしを体験すると、普段の便利さの有り難みも沁みてくるという点では良かったが、なにぶんバスルームの寒さには閉口した。
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この台本を書いていた日も一日中雨だった。また、温泉が恋しくなってきた。とりあえず、晩御飯にはワンタンスープをいただいて、身体を温めることとしよう。シンガポール出身で台湾でブレークした孫燕姿(ステファニー・スン)さんの歌で『雨天 Rainy Day』をOA。この曲は2006年にリリースされたアルバム『My Story, Your Song』に収められている。
<第3セクション【上海留学時代に聴いた「在雨中」】>
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台北の冬の寒さを話しているうちに、私が留学時代を過ごした上海の冬の寒さのことも思い出した。今から37年も前のこと。私の住んでいた大学の留学生宿舎にはスチーム式の暖房が入っていたのだが、当時の中国では長江より南側の地域では、政府からの暖房補助も無く、基本的に暖房施設も無かった。上海の一般家庭や職場、学校では、暖房が無い上、どういうわけか窓も全部開け放たれていた。これは窓を開けても閉めても気温が変わらないのなら、窓を開けたまま換気を良くしておこうということだったのだろうか?今でも謎だ。上海も湿度が高く、寒い時には0度近く、時には零下まで気温が下がるので、膝から染み入るような寒さだった。上も下も重ね着をして冬の間市民たちは皆まん丸に膨れていたことを思い出す。
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ちょうどこの時代に北京語のデュエット曲の先駆けとも言える歌が流行っていた。1984年にリリースされ、音楽家で映画監督でもある台湾の劉家昌(リウ・ジアチャン)さんのアルバム『劉家昌全新歌集』に収録された『在雨中(雨の中で)』である。この曲も様々なアーティストによってカバーされているが、劉さんご自身と劉さんの愛弟子に当たる女性歌手・尤雅(ヨウヤァ)さんが歌ったのがオリジナルだ。師弟コンビのデュエットと聞くと、私の世代には平尾昌晃さんと畑中葉子さんの『カナダからの手紙』を彷彿させられる。
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実は、劉家昌(リウ・ジアチャン)さんがこの曲をレコーディングしていた時のことだった。尤雅(ヨウヤァ)さんが師匠の劉さんをたまたま陣中見舞いで尋ねると、その場で劉さんの師匠命令によって、尤雅(ヨウヤァ)さんもこの歌のレコーディングに臨時で参加することとなったという。師匠に頼まれればイヤとは言えないし、自分の声がレコードになるというのは、もちろん光栄なことだ。この歌はその後、香港のレコード会社の目に留まり、香港からリリースしたバージョンが中国にも広がってヒットした。尤雅(ヨウヤァ)さん自身が、このことをあるテレビ番組で語っていた。
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ところで劉家昌(リウ・ジアチャン)さんだが、実は日本のアーティストにも楽曲を提供しているのは意外と知られていない。内山田洋とクールファイブさん(前川清さん)の『海鳴り』、さだまさしさんの『桃花源』は、何と劉さんの作曲した楽曲だ。さだまさしさんは全楽曲を作詞作曲していたものと思っていたので、これには少々驚いた。しかも、さださんの弟さんが台湾で気になった楽曲をたまたま採譜したものを持ち帰ったのが始まりで、最初は作曲者不詳として扱われ、のちに劉さんの作品だとわかって、改めてクレジットを入れ直したという後日譚まである。
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今日は雨の歌をたっぷりとお届けしてきたが、ということで本日の締めくくりは私の青春時代の1曲、『在雨中(雨の中で)』を劉家昌(リウ・ジアチャン)さんと尤雅(ヨウヤァ)さんのオリジナルバージョンでOA。
Rti 台湾国際放送
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