History page of Radio Taiwan International (Rti)
close
Rti台湾国際放送公式アプリをインストール
開く
:::

馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」) - 2023-11-05-私の『斜槓人生/スラッシュ人生』

  • 05 November, 2023
  • 按讚加入馬場克樹の「とっても台湾」(爸爸桑的「非常台灣」)粉絲團

<第1セクション:台南日本人協会での講演>

  • 1か月ほど前のこと。台南日本人協会の招きで、10月6日に台南で講演をする機会があった。テーマは「十年磨多劍:私の台湾スラッシュ人生」。実はこの翌日の10月7日に同じく台南で開催される予定だった『南吼音樂季』にバンドの八得力樂團として出演予定だったのだが、台風14号「小犬」の後遺症で中止となってしまった。今回の講演会はそもそもこの音楽祭の開催期日に合わせて、わざわざその前日に設定したものだった。講演会の主催者からは、音楽祭が中止となってしまった以上、講演会だけのためにわざわざ私に台南に来てもらうのは申し訳ないので、オンラインでの開催に切り替えようとの提案があった。

  • しかし、私はこの申し出を断った。なぜか。人間は言葉を話すようになってから、元々のコミュニケーションはフェイス・トゥ・フェイスだけだった。それが文字を発明し、郵便制度が整備され、手紙を書くようになり、文字でのコミュニケーションができるようになった。電話が発明されてからは、音声でのコミュニケーションが可能となった。インターネットが発明され、電子メールが普及してからは、世界中のどこにでも文字情報は瞬時で伝えられるようになった。パソコンやスマホが普及してからは映像と音声の情報も同時に瞬時で伝えられるようになった。

  • しかし、これだけIT技術が日進月歩で発展し、様々な情報が手軽に伝えられるようになっても、どうしても伝えられないものがある。それはその場の雰囲気、温度感、温もりといった目に見えないものである。IT技術が発達した現代だからこそ、会える時には直接会ってフェイス・トゥ・フェイスで台南の皆さんの表情を見ながらお話がしたい。そのようにお伝えしたところ、主催者にも賛同していただき、予定通り対面での講演会を実施する運びとなった。私の考えを受け入れてくださった台南市日本人協会の大洞敦史副理事長には、この場をお借りし特に感謝を申し上げたい。

  • さて、今回のテーマ「十年磨多劍」だが、成語、ことわざとしては「十年磨一劍」、すなわち「十年で一つの剣を磨く」が正しい使い方だ。私はその「一つの剣」を「多くの剣」に置き換えて、シンガーソングライター、俳優、ライター、ラジオパーソナリティを掛け持ちしている自分の境遇を表している。また、自分がこのような生活を始めてから昨年でちょうど十年が経ったことから、「十年で多くの剣を磨く」という造語を用いることとした。ついでにサブタイトルで出てくる「スラッシュ人生」は、台湾華語の「斜槓人生」から来ており、「斜槓」は「スラッシュ記号」のことで、ここ数年で台湾社会に普及するようになった「掛け持ち、兼任、兼業」などを表す言葉だ。

  • 私は今回の講演の中で、私のこれまでの人生で培った、あるいは見出した「人生哲学」ともいうべきいくつかの考えを披露させてもらった。まずお話ししたのが、五十歳を迎えた時に、突如脳裏に閃いたアイデアである。かつて近世以前の日本では「人生五十年」と言っていた。人類の寿命は平均するとそれくらいの時代だった。だとすると、昔ならば自分の人生は一度終わっている。では、これまでの五十年間の人生を「前世」の出来事ということにしよう。そして、これから始まる時間(あと何年あるかは分からないが、平均寿命まで生きられたとしてその時点で三十余年)こそ、「今生」と考えることにしよう。そうすれば、前世で得た「知識」「経験」「人脈」を引き継いで今生を生きられる。これはとっても大きなアドバンテージとなるのではないか?そして、0歳からスタートするのではなく、時計を二十年だけ巻き戻して三十歳くらいから始めるイメージを持とう。

  • この考えは、十年たった今でも私を前に向かわせてくれる原動力となっている。そして、半年前に還暦を迎えた自分が真っ先に思ったことは、これからは自分の残り時間はますます限られる。ということはより密度の濃い一日、一週間、一か月、一年を過ごすことが求められる。これまでよりもう一段ギアを上げて、アクセルを踏み込もう。こんな風に思えるのも五十歳の時のこの覚悟のおかげである。

  • この番組では何度も登場している私の大好きな歌手・蘇芮(ジュリー・スー)さんの1988年のアルバム『台北・東京(跟著感覺走)』から、『奉獻(献身)』をOA。「長い道は遠方に身を捧げ、バラは愛に身を捧げる。私はあなたに何を捧げれば良いの、私の愛する人よ」で始まるこの曲は、私がライブで最も歌っている台湾の曲かもしれない。

 

<第2セクション:人生で行う三つのこと>

  • 私は人生で行うことを三つの種類に分けて考えている。すなわち、「自分がやりたいこと」、「自分ができること」、「自分がやるべきこと」の三つである。これは「願望」、「能力」「使命」と言い換えても良いかもしれない。若い頃には、この三つが一致することはほとんどなかった。やりたいけれど能力が足りなくてできなかったり、やるべきことなのにやる気が湧かなかったり、そんなことの連続だった。闇雲に自分の「可能性」を追求していろんなことに手を出してみた。一見無駄な時間や作業にも思えるこのことは、後から思えば大切なプロセスだった。というのも、いろんなことにチャレンジしていくうちに、年齢を重ねるごとに、自分の能力で「できること」と「できないこと」がはっきりしてきたからだ。このことを私の友人はかつて「分別」がつくようになったのだと表現した。

  • そして、自分の能力で「できること」、「できないこと」の「分別」がつくようになると、自分のできないことは、その能力のある外部の人にお願い(アウトソーシング)して、自分の「できること」に集中できるようになる。自分の「できること」とを続けていけば、小さな成功体験が重なって、そのこと自体が楽しくなり、やがて「やりたいこと」にもなってくる。あるいは先に「やりたいこと」がはっきりしている場合は、それを継続しているうちに能力が高まって「できること」の強度が上がっていくという流れかもしれない。

  • いずれにしても「やりたいこと」と「できること」はいずれ重なってくる。その時のキーワードは「継続」である。この継続の力こそ「十年磨一劍」、「十年で一つの剣を磨く」ことに他ならない。こうして「やりたいこと」と「できること」が重なって、それを一定の期間続けていると(自分の場合は十年)、これはもうこの人生において自分の「やるべきこと」、「使命」なのではないかと思えてくる。こうして、「やりたいこと」「できること」「やるべきこと」が一つの点にフォーカスされたのが、今の自分の状態なのだと言える。

  • 2007年の楊培安(ロジャー・ヤン)さんのファースト・アルバム『午夜兩點半的我(深夜二時半の僕)』から、ドラマのテーマソングにもなった『我相信』をお聴きいただきたい。当時は高音で伸びのあるロジャー・ヤンさんの歌声には多くのファンが魅了された。

 

<第3セクション【多芸多才?表現することの全ての根は繋がっている】>

  • 私の場合は最初にやりたいことが「音楽」で、それを継続しているうちに台湾映画の主題歌を提供したり、台湾の様々な舞台で歌ったりというチャンスが生まれた。音楽の世界で自分ができることが少しずつ広がっていった。そして、そのプロセスで「演劇」の世界と出会い、「執筆」の仕事にも巡り合った。そして本を出版したことがきっかけとなって、ラジオのパーソナリティという「声の仕事」もいただくこととなった。この十年のうちに磨いた剣は一本だけに止まらず、二本、三本、四本と増えていった。

  • 私はよく「多芸多才」と言われる。しかし、自分の感覚では、歌を作ったり歌ったりするのも、俳優もライターもラジオのパーソナリティーも、自分の中にある何かを表現するという文脈において、根っこは繋がっている。実はそんなに異なることをしているという感覚はない。あえて例えるなら、昨日は小籠包を食べたけど、今日は滷肉飯、明日は牛肉麺を食べようという感じに似ている。俳優でもあり写真家でもあったり、歌手でもあり画家でもあったりするというスラッシュ人生の表現者は、あちこちにいるのは、きっとそういうことなのだと思う。

  • そして、今誰かに「この人生で一番楽しい時、充実している時はいつか?」と問われたとすれば、常に胸を張って「それは今です」と言い続けられる自分でありたいと思っている。そんな私の座右の銘は「昨日を悔やまず、明日を憂えず」。起きてしまったことを後悔しても仕方ない、また起きてもいないことを心配してもしょうがない、今この一日、この瞬間を生きることに全力で集中したい。

  • 台湾で私を支えてくださっている多くの友人たちへの感謝の思いを込めて、周華健(エミール・チョウ)さんの1997年のアルバム『朋友』からアルバム・タイトル曲の『朋友』をOA。

Program Host

関連のメッセージ