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文化の台湾 - 2022-08-19_“臺灣四大奇案(台湾4大怪事件)”の1つ「林投姐」

  • 19 August, 2022

日本はお盆も過ぎ、日常に戻ってきた頃でしょうか。

民間行事は旧暦で行われる台湾ではまだまだお盆月「鬼月」の真っただ中─。

この「鬼月」には台湾の人たちは「鬼」という言葉すら口にしたくないほどに怖がっているのですが、一方で、今年はこの「鬼月」のタイミングで台南で「幽霊」に関連するイベントが行われるなど、少し「鬼月」に対する感覚が変わってきているのかなという気がします。

ところで、以前このコーナーでその台南で開催される「幽霊」に関するイベントをご紹介した際に、なぜこんなにも台南で“幽霊熱”が高いのかというと、清朝時代末に台湾で起こったとされる「臺灣四大奇案(台湾4大怪事件)」のうち3つが府城(今の台南市)で起こっていたからとお話ししました。

そこで今週の文化の台湾ではその「臺灣四大奇案(台湾4大怪事件)」の1つ、「林投姐」の伝説をご紹介しましょう。

*****

台湾南部の海沿いには「林投樹」と呼ばれる木がたくさんあります。

この樹は風除けに効果的とされているのですが、細長い葉っぱがたくさん枝垂れるように生えていて、夜に見ると、まるで髪を振り乱した人の頭のようにも見えるので怖いという人も多くいます。

そしてこれからご紹介する「林投姐」は、まさにこの「林投樹」に首をつって亡くなった女性の事なんです。

清朝時代末期、台湾南部・台南の赤崁樓の南西にある未亡人がいました。その女性の名は李昭娘。

彼女は元々は夫と3人の子供と共にとても幸せに暮らしていました。夫は貿易商で中国と台湾を行き来して商売を行っていて、家はとても裕福でした。

しかしある時、悪天候により、台湾海峡で船が転覆し、夫は帰らぬ人となってしまいました。

李昭娘は一人で3人の幼子を養っていかなくてはならなくなりましたが、幸いにも、散財さえしなければ夫が残してくれた遺産で将来を悩むことなく生活していける状況でした。

ある時、彼女の前に夫の生前の友人だったという広東省東部・汕頭人の周亞思という男性が現れます。

彼は李昭娘に、あなたの旦那さんとはとてもいいビジネスパートナーだった。このような不幸な知らせを聞いて、お悔やみに来た。何かサポートが必要なことがあれば言って欲しいと話しました。

彼のやさしさに触れ、感動した李昭娘は次第に周亞思に惹かれていきます。当時の社会はとても保守的な風潮があったのですが李昭娘は子供を連れ未来を周亞思と共に歩むことを決意し、夫婦となりました。

しかし、李昭娘が多くの財産を持っていることを知ると、周亞思は、台湾から大量のサトウキビと樟脳を仕入れて香港に売りに行かなくてはならいとお金を要求。さらには、「事業が完成すれば家族の生活はもっと豊かになる」と、家を抵当に入れ借金をするように言いました。

李昭娘は彼を疑うことなく、家の貯金を渡し、言われたとおりに家も抵当に入れて周亞思にそのお金を渡しました。

すると周亞思は台湾を離れた後、帰ってこず、連絡も途絶えてしまいました。

実はこの間、周亞思は莫大な利益を得た後、台湾で待つ李昭娘を捨て、広東省の汕頭に戻り、新しい妻と結婚し、子供も作っていました。

そんなことを知らない李昭娘は、遠く台南でずっと周亞思の帰りを待っていました。

そしてついには一家のお金が底をつき、最後には家までもが借金のかたに奪われ、3人の子供と共に路頭に迷ってしまいました。そして2人の息子が相次いで餓死や凍死。そこでようやく李昭娘は自身が騙されたことに気づき、娘を連れてよく知る海岸へ行き、そこで自らの手で娘を天国へと送り、自身もそのそばにあった「林投樹」に首をつって亡くなりました。

それ以降、地元の人々の間では、暗くなると「林投樹」のそばに髪の乱れた女性が彷徨っているといわれるようになりました。

また更には、近くにある屋台に女性が“中華風おこわ”と呼ばれる「肉粽」を買いに来るのですが、その女性が払ったお金を見ると、本物のお金ではなく、亡くなった人をお参りする際にお金の替わりとして焼く「銀紙」に変わっていた…という噂が数多く流れるようになりました。

しかし、この物語はこの悲しい結末で終わりではありません。

李昭娘は自ら命を絶つとき、心底悔しく、この深い恨みから生まれ変わることができず、「林投樹」の近くを彷徨い、クズ男である周亞思に復讐する機会をうかがっていました。

そしてある時、彼女の魂がある一人の占い師と出会います。

そこで占い師にこれまでの出来事を伝えると、占い師は復讐の手伝いをすることを決めてくれました。

占い師はまず、彼女に替わって位牌を作り、傘の中に入れて、彼女の魂を連れて台湾海峡を渡り、広東省の汕頭まで周亞思を探しに行きました。

占い師が周亞思の家を訪れ、彼を問いただすも、周亞思は、最初は自身の過ちを認めませんでした。

そこで占い師が傘を開くと、傘の中から李昭娘が飛び出してきました。その姿は以前の可憐で儚げな姿の女性ではなく、青白い顔をし、髪を振り乱した鬼の姿となっていました。

鬼と化した李昭娘を見た周亞思は、驚き、パニックとなり、精神が崩壊し、独り言のように懺悔の言葉をつぶやいた後、台所から包丁を持ってきて李昭娘に突き刺しました。

しかし、李昭娘に突き刺したと思っていたのは、実は自身の妻と子供で、周亞思は自らの手で家族を殺めてしまったのです。そして、そのあと自らも命を絶ちました。

こうして終始、自身の過ちを認めなかった悪人は、最後に大きな代償を払うこととなりました─。

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この伝説は、日本統治時代の1921年に、日本民族学者である片岡巖による、台湾の様々な民俗習慣や民間信仰について書かれた「臺灣風俗誌」に初めて記録されました。

ただ、そこには、「李昭娘の死後、鬼となった魂が林投樹の付近を彷徨った」というところまでしか書かれておらず、復讐の記述はありませんでした。

現在、広く伝わっている物語は、台湾の作家・廖漢臣氏が1950年代に書いた「林投姐」で、その後、1972年に編纂された「臺灣四大奇案(台湾4大怪事件)」に収録されました。

この、とても悲しく、そして恐ろしい伝説は、台湾オペラとも呼ばれる「歌仔戲」や、映画、テレビドラマにもなっていて、台湾ではとても有名な物語となっています。

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