近年、海外からも注目を集めている台湾の伝統人形劇「布袋戲(ポテヒ)」。「布袋戲」の人形は、木製の頭部と手足、そして布製の身体となっていて、手袋上になった体の部分に手を入れて操ります。“布で作られた袋状の人形”ということから「布袋戲」という名前となったと言われています。
かつては屋外で行われる舞台には多くの人が集まっていましたが、時代と共に変化。1960年代にはテレビでも放送されるようになりました。
一時期は、テレビ放映の時間になると人々が街からいなくなるというくらいにみんなが観ていたそうです。
今は、伝統的な「布袋戲」の劇団も、観衆も大幅に減少してしまいましたが、台湾のポテヒ制作会社「霹靂國際多媒體股份有限公司(霹靂(ピーリー)社)」が制作するテレビ布袋戲は今も根強い人気があります。
その霹靂布袋戲の副董事長であり、数々のキャラクターの声を務めていた黃文擇さんが6月12日、病気のため亡くなりました。65歳でした。
1956年7月1日、台湾中部・雲林県虎尾に生まれた黃文擇さん。
布袋戲一族で、祖父は有名な布袋戲人形劇団「五洲園の創設者、黃海岱。父は台湾の重要無形文化資産保存者(つまり人間国宝)である黃俊雄─。
そんな家庭に生まれた黃文擇さんですが、若い頃は兄弟でバンドを組んだりして、違う道を進もうとしたこともあったそうです。しかし、家族のもとに戻り、脚本から、アテレコ、人形の操作と、基本からキャリアをスタートさせました。
そして兄と共にポテヒ制作会社「霹靂國際多媒體股份有限公司」を設立。副董事長という肩書ではありますが、布袋戲の様々なキャラクターの声を担当していて、30数年で4000以上ものキャラクターを演じています。
さっきまで男性の声を発していたかと思うと、次の瞬間には1オクターブも高い女性の声を発するなど、さまざまな声色を用いてキャラクターたちに命を吹き込んでいく様子から、ファンからは八種類もの役を声を変えて演じられる才能豊かな人、天才と言う意味の「八音才子(オクターブの天才)」と呼ばれていました。
中でも、布袋戲の人気キャラクター「素還真」と「一頁書」とは多くの台湾の人たちが共に成長してきました。それも黃文擇さんが声を演じていました。
そんな黃文擇さんは、週に6日スタジオに入り、1日6時間収録をしていたそうです。しかも、彼の習慣は、深夜2時から朝8時に収録し、午前9時から午後3時まで寝るというスタイルを20数年間続けてきたそうです。
そのため、周りからは“怪物”と呼ばれていたそうですが、本人は、「昼間はやらなければならないことが多く、収録できない。夜は集中できる」と語っていました。
また、ファンたちをがっかりさせてはならないと、喉を守るために、冷たいものはあまり食べず、温かい水しか飲まない。また、10年以上禁煙をしていたそうです。
多くのキャラクターを一人で演じていたことから、風邪をひいた時でも、「ファンが待っている。声は枯れていない」と録音に現れていたそうです。
近年は、息子にアテレコの技術を少しずつ教えていた黃文擇さん。
2018年のインタビューの際、「私は、祖父が演じ続けた97歳まで演じ続けたい。(当時の年齢で)父は85歳、私は62歳だからあと30年は演じられる!」と語っていましたが、今年6月12日、65歳で亡くなりました。
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黃文擇さんの祭壇は雲林県虎尾の自宅に設けられ、17日には蘇貞昌・行政院長も弔問に訪れました。そして、19日に家族葬と告別式が行われました。ファンにも献花を開放し、1000人近いファンが別れを惜しみました。
また、雲林県虎尾鎮は、布袋戲の代表的なキャラクター「素還真」の像が設置されている虎尾圓環(虎尾ロータリー)を、ファンが献花できるよう、明日6月22日まで開放しています。
そして、「霹靂國際多媒體股份有限公司」も、文化部の李永得・部長、國家電影及視聽文化中心(Taiwan Film and Audiovisual Institute/TFAI)の藍祖蔚・董事長、そして國立傳統藝術中心(National Center for Traditional Arts)の協力の下、友人やファンたちのために、7月6日から7月17日までの期間、國家電影及視聽文化中心(TFAI)で黃文擇さんの追悼記念展を開催します。
今年2月6日には、黃文擇さんの双子の弟であり、「天宇布袋戲」の責任者であり、演出者の黃文耀さんも病気で亡くなっていて、布袋戲界の国宝級の双子の兄弟が半年の間に亡くなってしまったことに今、ファンは大きな悲しみに包まれています。
Rti 台湾国際放送
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