新型コロナウイルスの世界的流行により、台湾と日本の行き来は自由にできなくなっていますが、日本には在留資格をもっている中華民国籍の人だけで、およそ6万5000人います。ちなみに、この統計は昨年12月時点のもの。新型コロナウイルス流行後、インバウンド産業などが打撃を受けたことで、この数より減少している可能性はありますが、それでも5万人以上はいるのではないでしょうか。ちなみに、在留資格をもち、台湾に滞在している日本人は1万5000人あまりです。
こうした人たちの中から、今年で来日4年あまりとなる女性、東京都在住のグロリアさんのエピソードをご紹介しましょう。
大学の日本語学科を卒業後、台湾で就職したグロリアさんは、元々日本で働く気持ちはなかったそうですが、2016年、転職の準備をしていた際、友人に誘われ、ワーキングホリデービザを申請します。
最初は、長野県のレジャー施設で働いたものの、自分は都会向きだと感じた彼女は、すぐに東京に出て、ブランドショップで販売員兼通訳として働きだしました。ベースアップはないにも関わらず、積極的にセールスにはげんだグロリアさんは、同僚の信頼を勝ちとりました。ワーキングホリデーの期間が終わる頃には、派遣社員への登用する話もあったそうですが、正規職員になることは厳しいことから、新たな仕事を探すことを決めました。
彼女がみつけたのは外国人観光局が多い浅草のホテルでのナイトフロントスタッフの仕事でした。夜勤ということで給与は高い上、仕事もそれほど忙しくなく最高の環境だったそうですが、その後、ホテル側が賃金制度を変更、一気に労働環境は悪化し、日本人の社員も次々と辞める中、退職しました。
グロリアさんは仕事探しをする中、自分が暮らすシェアハウスの大家さんが台湾出身で、日本人と結婚後に物件を買い、リフォーム後、台湾の人々に貸しており、住民同士も仲も良かったことから、シェアハウス、民泊の運営に対し、魅力を感じました。そして、まずは勉強と貯金だと、民泊管理会社に転職しました。
しかし、実際に働き始めた会社は、急拡大とそれに伴う忙しさもあって、マネージメントが非常にいい加減でした。会社は顧客とのトラブルのほか、経営面の不安も抱えていた事から、疑問を感じたグロリアさんはこの会社も退社しました。
現在は、日本の情報サイト会社で働くグロリアさん。しかし、担当しているのは日本の情報紹介ではなく、台湾の人向けに台湾の商品を紹介する仕事です。上司以外の同僚の多くは台湾の人たち、仕事でも主に標準中国語を使っており、日本語のレベルが落ちてしまっている事が悩みだそうです。
成長中の会社で、労働環境もよく、異国でようやく安定した仕事をみつけられたといえるグロリアさん。しかし、心の中には、「何かもっと大きなことができないか」、「30歳になる前に最後の冒険をしたい」という気持ちが渦巻いているようです。
Rti 台湾国際放送
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