リスナーの皆様は、漫才はお好きですか。1980年代の漫才ブームから40年、現在、日本でお笑い芸人の人気、影響力は非常に大きなものとなっていますよね。お笑いには様々なジャンルがありますが、2001年に吉本興業の主催で始まった漫才のコンクール「M1グランプリ」は中断をはさみ、昨年まで15回行われ、スターへの登竜門となっています。
さて、この「M1」の主催者でもある大手芸能プロダクションの吉本興業では、2011年から、所属のタレントを日本全国47都道府県に派遣する地域密着型プロジェクト「あなたの街に”住みます”プロジェクト」を始めました。そしてその後、日本国内のみならず、アジア版の「住みますアジア芸人」を開始、台湾にもいるんです。それが、2015年3月に台湾にやってきた男性2人組「漫才ぼんぼん(まんざいぼんぼん)」です。
大阪府出身で、ボケ担当の「みき・ふるう」さん、神奈川県横浜市出身で、ツッコミ担当の「おおた・たくろう」さんという、共に1984年生まれの2人、2009年にコンビを結成、もともとは「からくりタンバリン」というコンビ名でしたが、台湾移住にあたって「漫才ぼんぼん(まんざいぼんぼん)」に改名しました。標準中国語では、漫才に、少年のしょう、お爺さんの爺と書き、「漫才少爺」と読みます。少爺はおぼっちゃん、まさに「ぼんぼん」の意味ですね。
本日は、日本出身のお笑い芸人「漫才ぼんぼん」の台湾における奮闘ぶりについてご紹介いたしましょう。
2009年に「からくりタンバリン」を結成したものの、なかなか売れなかった2人、特に新人時代はギャラが出るのは稀で、2人あわせて50円ということもあったそうです。さらに舞台のチケットは、自ら売りさばくルールとなっており、売れ残ったチケットの費用は、自ら負担しなければならなかった為、いくつものアルバイトを掛け持ちしていたそうです。
そんな中、所属の吉本興業が、日本のエンターテイメントを世界にプロモーションする事業を進めることとなり、その一環で「住みますアジア藝人」のプロジェクトがスタートしました。みきさんは、大学時代に標準中国語を学んでいたこともあり、中国語での漫才をやってみたいと思い、挑戦しがいがあると感じました。そして大田さんもまた、日本では激しい競争の中、なかなかコンビの知名度をあげることができなかったので、是非台湾でチャレンジしてみたいと感じました。そして、2人は台湾行きに名乗り出て、「漫才ぼんぼん」の芸名で、「台湾住みます芸人」になったのでした。
現在ネタは、まず「ボケ」の「みき・ふるう」さんが日本語で書き、台湾の友人に標準中国語に翻訳してもらってから、「ツッコミ」のおおた・たくろうさんが、日本語ではなく、中国語に訳されたネタをみて、「ツッコミ」を考えるといいます。大田さんはこの時、日本語の原稿はみません。大田さんによりますと、同じ「ツッコミ」でも、日本語と中国語では考え方が異なるからということです。台湾に来るまでは中国語を勉強したことはなかった太田さん、中国語で「ツッコミ」を考えるとはすごいですね。
ただ、笑いのツボは異なるという二人、始めの頃はネタを書き終えると話し合い、各自が台湾の友人にみせていたそうですが、そのアドバイスも人それぞれで、まとまることはなかったことから、時にはどちらのネタが面白いかをめぐって喧嘩をすることもあったそうです。
しかし、台湾でのステージを重ねていくごとに、2人は、あれこれ話し合うことよりも、観客が笑ってくれることこそが重要だと体感しました。「日本時代はもちろん、台湾に来てからも、ネタについて話し合ってきましたが、ライブで全く反応がなく、驚いたことがありました」と振り返るみきさん、そして2人はライブで、会場の反応をみながら、次のライブで内容、ネタを練り直すスタイルに切り替えていったそうです。
お笑いと日常生活は密着したもの、台湾の文化を理解して、初めて台湾の観客の共感を得ることができます。みきさんは、日本人が台湾で見たこと、聞いたこと、そして自分自身が体験したことをネタに組み込みます。例えば、みきさんが今暮らしている北部・新北市三重区は、一部の台湾の人からは、いわゆる「その筋の人」も多く住んでいる場所という見られ方をされるエリアですが、みきさんは「三重のおばさんは情熱的で面白い。三重のオバちゃんは、会うとアメをくれたり、ゴミ出しの時におしゃべりが止まらなかったり、自分の故郷、大阪のオバちゃんにそっくり」だといい、実際にこうしたオバちゃんとの会話をネタにしているといいます。みきさんによりますと、タピオカミルクティを注文する際、糖度や氷の量、トッピングの種類などの複雑さ、タクシーに乗った際やナイトマーケットでの体験など、日本人からみた台湾の面白さを盛り込んだネタが受けているそうです。
一方、太田さんは、日本と台湾の笑いの違いについて、日本の観客は、あまり筋の通ってない、脱力系のバカバカしいユーモアを好むのに対して、台湾の観客は論理的な笑いを好むといいます。例えば太田さんの苗字「太田」は、標準中国語で読むと、「すごく甘い」を意味する「太甜(タイティエン)」と同じ音ですが、日本ならば太田さんが可愛らしい表情をつくり、「ティエンティエン、タイティエン、甘~い甘~い太田~」などと可愛こぶりっ子して登場するこうしたネタが受けますが、一方で台湾では、みきさんが「相方の名前、タイティエンというんで…、僕は、甘すぎるもの嫌いなんです」というと、わっと笑いが起こるそうです。
コンビ結成10年、来台5年の二人、これまでのステージは全て台北だったということもあり、中部の台中、南部の台南、高雄、そして東部と、台湾全域での公演を計画しており、この公演では漫才のほか、これまで観客の反応がよかった、フリーのトークショーなどにも挑戦したいとしています。
すっかり台湾生活にも慣れた2人、太田さんは台湾のグルメにハマり、太りすぎてしまい、減量に取り組まざるを得なかったそうです。そして、みきさんは、奥さんと子供と一緒に暮らしています。奥さんは来たばかりの頃、中国語が話せなかったそうですが、三重では近所のおばさんが標準中国語のほか、台湾最大の方言、台湾語も教えてくれるといい、生活面で何も心配ない、ということです。
「住みますアジア芸人」プロジェクトは7年計画ということで、それ以降について、会社側の考えは知らないということですが、太田さんによりますと、2人にとって台湾での芸能生活は既にプロジェクトありきではなく、夢の実現だそうです。永住権申請も考えているという2人、さらなる活躍期待したいですね。
Rti 台湾国際放送
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