「鹿窟事件」
1952年12月、現在の新北市鹿窟で発生。戦後台湾で発生した最大の白色テロ事件とされる。
1949年9月、陳本江と陳通和の兄弟は、中国共産党が台湾に派遣した指導者の蔡孝乾の命を受け、鹿窟地区に基地「北区武裝委員会」を設立。1952年、「台湾人民武裝保衛隊」に改組、共産党の台湾でのパルチザンとなる。しかし、隊員の多くは地元の住民で訓練も行き届いておらず、武器の性能も悪く、戦闘能力は低かった。
国防部は軍隊3800~1万人余り(諸説あり)を派遣して、1952年12月28日夜から鹿窟地区に入り、掃討を実施、900人近くを逮捕した。有罪93人、うち死刑28人だった。
監察院はこの事件を調査した結果、当時の国防部の行動は不当だったと糾弾。関係者に対する賠償をするよう行政院に要求。
蔡英文政権が進める「移行期の正義」の関する最初の案件だと位置付けられている。
Rti 台湾国際放送 
